「公舎傍のあの喫茶店に、結構可愛い子がウェイトレスに入ったんだよ!」
「本当かあ?お前にかかればこの世の女は皆可愛いんだろ」
「違うって、ちょっと地味だけど本当に可愛いんだって。小さい子だからもしかしたらまだ学生かもしれねえけどよ」
「マジかよ、まさかお前にそっちの趣味があるとは」
「おい、誤解を呼ぶ事言うな。それにまだ学生と決まった訳でもねえ」
昼食時、隣のテーブルから聞こえたそんな会話を聞くとはなしに耳に入れるリヴァイ。
公舎傍の喫茶店。
大して美味いものは無いが、立地の良さから兵士たちには人気の高い店だ。
最も、騒がしい場所をあまり好まないリヴァイが訪れた事は一度として無く、場所すらもうろ覚えであるが………
特に何の感慨も抱かずに食事を進めていると、ふと先程の男性兵士が、「ああそうだ」と何かを思い出した様にする。
「あの子が入ってから、店の紅茶が滅茶苦茶美味くなったんだよな」
その一言にリヴァイの耳がぴくりと反応した。
「茶葉を変えたとかそういうんじゃねえの?」
それに応える別の男性兵士。あまり興味は無さそうだ。
「いーや、それが確かに同じ会社の同じ葉っぱなんだよ。でも味は全然違うんだよな。」
「ふーん。お前に紅茶の味の違いなんて大層なもん分かるのかあ?」
「それが俺ですら分かるんだよ、格段の美味くなったって。お前も一度行ってみろって。」
「分かった分かった。」
とっくに皿は空になっていたのに関わらず、リヴァイはテーブルに頬杖をついて話し声に耳をすましていた。
そして会話が別の話題に移るのを確認すると、ようやく腰を上げて食堂を後にする。
(………確か、割と夜遅くまで営業していたよな、あそこ………)
昼に比べて夜なら店もすいている筈だろう。
その新入りの女がいる保証は無いが、暇があれば足を運んでみる事にしてみようか………
*
………………夜の喫茶店は、本当に人の気配が無かった。
公舎から出てすぐの酒屋の二階にある古びた扉は、開閉するとひどい音がする。
しかし取手の錆びたそれの陰湿さに反比例して室内は飲食店らしくこざっぱりとしていて、片すみには古色蒼然たるボコボコのピアノが一台据えてあった。
……………自分以外、客はいなかった。皆、この時間帯は下の階の酒屋の方へ赴くのが普通なのだろう。
「ちょっとー、お客さん来たから出て頂戴ー」
奥の方で主人のものらしい声が聞こえる。その後、返事と共に近付いてくる軽い足音。…………これが噂の女のものか?
そして扉の向こうから顔を出したのは――――
……………リヴァイは目眩を覚えた。向こうは口を半開きにして驚きを表現している。
「わ、びっくり………ドバイさんじゃないですかあ!」
「だから俺の名前は石油大国じゃねえっつてんだろ!!」
「痛い!!」
そう言ってサラの額に手刀を打ち込むリヴァイ。彼女は頭を抱えてその場に踞った。
……………学生かも知れない、という噂話に騙された。
確かにこいつは小柄で人百倍子供じみた奴ではあるが実のところ割と良い年している女で……その上、曲がりなりにも調査兵団元団長の夫人。
そんな女が何故ここで給仕なんぞをしている?
リヴァイは名前を度々間違えられる憤りと共に首を捻るしか無かった。
「でも嬉しいです、こんな所でお会いできるなんて!日頃の行いが良い所為ですかねえ」
眉間に皺を寄せるリヴァイに対してサラはあくまで脳天気な微笑みを見せる。………何と言うか、毒気を抜かれてしまった。
「とりあえず……今は誰もいないので、お好きな席をどうぞ。」
愛想良くそう言ってから、サラはカウンターに置かれていた大きめのランプに火を灯す。
揺らめく光が現れると、壁にかけられた一枚の油彩画の中、鎧を着けた騎士と思しき人物が醜悪な竜と争っていた。そして、現実の薄暗い室内に反して絵画の中は抜ける様な青空である。
が、勇ましい騎士は勿論、吼り立った竜さえも朧げな光の加減か妙に優美に見えた。また若しくは、テーブルの一輪挿しに生けられた水々しい金雀花が匂っているせいかも知れないが…
適当なテーブルに腰掛けると、何故かサラがその向かいに座ってくる。
しばらく見つめ合う二人。眉間の皺を更に深くするリヴァイに反してサラは変わらず脳天気に笑っていた。
「…………何の真似だ」
沈黙に耐えきれなくなってリヴァイが口を開く。
「なんのまねと言われましても……。今はお客さんいないし、リヴァイさんとちょっとお話したいなあって」「働け給料泥棒」「酷い言い草ですねえ」
……………駄目だ。何を言っても奴は楽しそうにするばかり。これではこちらの体力が削られるばかりだ。
リヴァイはひとつ咳払いをし、取り合えず目当てのものを注文する為「紅茶」と一言無愛想に言う。
「あ、はいはい。」
そう言いながらサラは給仕の役目を思い出した様に、白いエプロンのポケットに入っていたメモ帳を取り出して注文をメモする。
「お飲物だけで良いんですか?ケーキや軽食もありますよ?」
ペンを軽く顎にあてながらサラが尋ねた。リヴァイは首を軽く振って注文を以上である事を伝える。
「…………お前に食うもんを注文すると確実に陶器の欠片が混入しそうだから遠慮しておく」
「ひ、ひどいです、まだここではお皿は割ってませんよ!」
「まだ…………?」
「…………2枚しか。」
「割ってんじゃねえか!!」
リヴァイの手刀が再びサラの額に炸裂する。彼女は頭を抱えて机に倒れ臥した。
「うう……頭がへっこんだらリヴァイさんの所為ですよ…。」
「違うな、自業自得だろうが」
「ぼ、暴力はいけませんよ。暴力は。」
「………これは持論だが」「しつけは足りてますから、充分!!」
サラは慌てて席を立ち、再び振り上げられたリヴァイの右手から逃げる様に遠ざかる。
「と、とりあえず注文は紅茶だけで良いんですね。」
「だからそう言ってるだろ。とっとと持ってこい無能ウェイトレス客は神だぞ」
「おう……」
リヴァイのあまりの横暴な態度にサラは開いた口が塞がらなかった。
しかしやがて何が面白いのか柔らかく笑い、「ご注文承りました、お客様」と軽くお辞儀をして厨房の方へと消えていく。
…………その所作は、且つて貴族の屋敷で女中をやっていただけあって見事なものだった。
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