言葉と愛情 下

「さあ、今からでも遅くありませんよ。謝るくらいなら私のこと褒めてくださいね。」

「お前………なんつーか本当に図々しくなったよな……。」

「なんとでも言って下さいよ。女は好きな人に褒めてもらう為になんでもするんです。」

「オレが素直に褒めてやると思うなよ。」

「まあ可愛くない人。内心は私のこと大好きな癖して。」

「それはお前だろ。」

「私は内心も外心もジャンのことが好きですよ。あなたみたいな臍曲がりと一緒にしないで下さいね。」


グレイスはちょっと身体を離して、とても得意そうににっこりとする。

その表情が気に食わず、ジャンはその肩を押した。予想した通り、彼女は小さく声をあげてよろめいた。

……………怪我をしてはいけないな、とジャンは思った。勿論、他にも思うことがあった。

だから、グレイスの身体を支えてやりながら自分も一緒にベッドに沈み込んだ。

先ほどよりもずっと低い位置で、ふたりの視線が交わる。


グレイスは、相変わらず嬉しそうにしていた。

ジャンは溜め息を吐いた。それから、幼馴染の身体をもっと自分の近くまで抱き寄せる。


「あなたって昔から口よりも手が先に出るんですよね……。」

「………うるせえよ。」

「でも肝心のときは口先で誤魔化すんですよねえ。」

「だからうるせえよ………って。」


ジャンが苛立つ反面、グレイスは楽しくて仕方がないようだった。

ごめんなさい、ちょっと言い過ぎました、とくすりとしながら謝ってくる。


ジャンは、こう言った余裕そうなグレイスの表情が嫌だった。


…………元はと言えば、グレイスだけが自分のことを好きだった筈である。それがいつの間にか……

そうして、彼女より自身の気持ちの方が大きいかもしれないと感じることが癪であった。なんだか負けたような気すらする。


(子供かよ……。オレは。)


もう一回、先ほどよりも大きく溜め息をしてグレイスの身体を抱き直した。

躊躇せずに口付ける。彼女の身体が微かに震えた。


「なっ………そんな、いきなり、」


短く済ませて唇を離すと、当然のようにグレイスが抗議の声を上げてくる。

この時ばかりはその声色に焦りが宿るのが、彼をたまらない気持ちにさせた。

小言が続かないように、ジャンは再びグレイスの唇を自分と重ねさせる。

彼女は抵抗しなかった。だから掴んでいた掌を解放して、代わりにもう一度抱擁した。


(あーあ。)


ジャンは心の中で呟く。

呟きながら昔よりもずっと小さくなってしまったようなグレイスの身体を抱いて、貪るという言葉が適するほどに愛情を伝えてやった。


(かわいいし、綺麗だと思うし、本当に好きだよ。)


けれど言葉は心の中で呟くだけだった。声に出して届けてやることだけは、とてもできなかった。


左右に流れてしまった鈍い色の髪の間から、グレイスがこちらを見上げていた。震える白い指先で、先ほどまで触れ合っていた唇をなぞっている。


「好きに……決まってる。」


誰に言うでもなく、その様を眺めながらジャンが呟いた。

柔らかい彼女の頬を撫でてやると、何故か白い涙がそこを伝っていく。


「決まってるだろ……そんなの。」


確かめるように繰り返すと、グレイスは瞳を伏せたままで「もっと言って下さい」と小さく言った。


「そう何度も言えるもんじゃねえよ…。オレはまだ、お前と違って煩悩にまみれた肉体を持ってるんだから。」

「そうですか…。」

「そうだよ…………。オレだってグレイスと一緒で相当の馬鹿だから………。」


ジャンが少し身じろぐと、お互いの額が触れ合った。

それほどにふたりの距離は近かった。今度はグレイスが溜め息をしている。


「だから、死ぬまで素直にはなれねえよ……。」

「そうですか。それじゃあ仕方ないですね。」

「仕事柄そう長くは生きないだろ。だから少し待ってろよ…………」

「嫌ですよ。私はジャンに出来るだけ長く生きていて欲しいです。」

「…………………。」

「いつか人間は絶対死んじゃうんですから、そう焦らなくてもいいじゃないですか。私、待てますよ。」


だから………言葉は我慢しますから、そこ代わりに沢山私に触ってくださいね。


グレイスが潜めた声で言う。

ジャンもまた同じくらい潜めた声で、「良いのか」と囁く。


「勿論ですよ…………。この世で私に触ってくれるのは、あなただけなんですから。」


グレイスが手を伸ばしてジャンの掌を自分の胸元へと引き寄せる。

彼は少し躊躇した後、導かれた場所に触れた。………無論心臓の鼓動はなく、冷たい感覚があるだけである。

ただ、皮膚は柔らかだった。この世にいないことが嘘のように、淑やかな手触りだった。


「私がここに居る為には、あなたの愛情が不可欠なんですよ。」


ジャンが私を想っていてくれるおかげで、今年の夏も会いに来れました。と続けながらグレイスは安心したような微笑みを浮かべている。


「だから精々………いっぱい愛してあげてくださいね。」


抱き寄せられたジャンの胸の内で、グレイスが幸せそうに呟いた。


ジャンは無言だった。ただ、抱く力を強くしてやった。

不安定な彼女の存在が、少しでも確かなものになるように、と。

曖昧なこの季節が、少しでも長く続くように、と。

……………。

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