三十五・星の声 下

外では、湿りを帯びた大きな星が見え隠れ雲の隙を瞬いていた。


夜に関わらず気温は高い。けれど時折吹く静かな風がそれをあまり感じさせなかった。

風はひとしきりふたしきり向こうの暗い森から渦巻いては、地面の青草をあおっていく。



オレはたなびくグレイスの丈の長いスカートを眺めながら、その一歩後ろに続いていた。


薄い青色が涼しげで、歩く度にひらひらとするのが見ていて気持ち良い。



「…………わざわざ、着替えたのか。」



そう尋ねると、グレイスはこちらを振り向いて頷いてみせた。


風に吹かれた髪を抑える彼女の掌のすぐ下では、白い袖に控えめに刺繍された金糸が星を反射して光っている。



「折角のジャンとのデートです。お洒落したくなるのが乙女心というものじゃないですか。」


ね、と応える彼女の隣に並びながら、「デートって……。ただの散歩に大袈裟だな。」と苦笑する。


グレイスは、自然な動作でオレの掌を握ってきた。


受け入れるように、握り返す。



「大袈裟じゃないですよ。デートはデートです。」


彼女にしては弾んだ声だった。


ゆっくりと歩きながら、浮き足立っている姿を眺め続ける。



「………良い服だな。」



そう呟けば、グレイスは「そうでしょう。」と満足そうに返してくる。



「大好きな人が、買ってくれましたから。」


得意そうに胸の辺りに手を当てながら付け加えられた言葉がおかしくて、思わず喉の奥で笑ってしまった。



「………最近はオレよりも衣装持ちだからな……。」


「はい、お陰様で。」


「また買いにいくか……。」


「大丈夫ですよ。充分です。」



会話をしながら、グレイスも笑っていた。


オレたちは手を繋いだままで、ゆったりとした足取りで夜の道を歩いた。



水を流した様なゆるい傾斜の屋根には星が一面に光っている。

塀内にある山蓮花の並木がその光を受けて、花時分の通りに綺麗な形に見える。

白くさやさやと、二人が通ると左右に分れる音の聞こえる様だった。







調査兵団の公舎の周りを一通りうろつくが、どこを見てもまるで人気が無かった。



昼間、忙しく兵士たちが行き交っているところとはまるで別の場所のようである。



建物と建物の間、並んで歩いていると不思議な心持ちになった。


このままどこまでも永遠に歩いていけるような……そんな気分すらする。



やがて少し開けたところに鉄製のベンチを見つけたので、腰掛けることにした。


青く、少し錆びてしまっている座面に座ると、ぎしりと音が鳴る。


隣で同じように腰を下ろしたグレイスがそっと寄りかかってきた。


合わさっていた手を繋ぎ直し、オレたちはしばし無言で空を見上げる。



高く、つんとした屋根の建物に囲まれた中で、目一杯に星は光っている。

まるで切れるように冴えかかっていた。



「今夜は本当に星が綺麗ですね。」



グレイスが呟いた。


そうだな、と応える。星を見上げたままで。


しかし彼女は対照的にゆっくりと目を閉じた。オレにもたれながら。


取り巻く空気はふんわりとしていて、心から安心し切っているのが分かった。



「なあグレイス。」



話かけると、そのままで「はい。」と返事をされる。


繋いだ手を一度離し、今度は肩を抱いてもっと傍に寄せた。



「死ぬって………どんな感じなんだ。」



ずっと昔にしたことと、同じ質問をぽつりとする。



…………少しして、彼女はゆっくりと瞼を開いてこちらを見上げた。



「急に、どうしました。」



優しく尋ね返される。


そしてオレの背中にも、そっと腕が回ってくるのを感じた。



「いや………死ぬことをよく星になるって例えるだろ。
だから今、空を見てたら……ちょっと、気になったんだ。」



且つてと返ってくるのは同じ答えだろうか。


…………だが、昔のオレと今のオレは違うから、別の受け取り方もある筈だと思う。


一瞬たりとも同じ自分というものは存在しない。生きている限りは。



「ジャンにしては随分とロマンチックなことを言いますね。」


グレイスは、ほう、と感心したようにする。



「職業柄、沢山人が死ぬのは見たからな……。思うところは色々あるわけだ。」


空に言葉を吐き出すように言うと、彼女は納得したようにひとつ頷いてくれた。

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