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人が死ぬ度に、いつも思う。



――――――――悔いは、無かったのか。


――――――――やるべきことを、やり遂げることはできたのか。



大抵は、そのどちらの答えもNOだろう。


満足して死を迎えることのできる人間なんて、ほんの一握りだ。



そしてオレもまた……あの時ああしておけば、もう少し考えて行動しておけば…なんて悔いや思い残しは数えきれないほどだし、やるべきことは何ひとつとしてやりきれていない気がする。



でも、やれるだけは精一杯にやったと思う。



それだけは、胸を張って言える。



だからあとは、マリア、ローゼ、シーナ。どの女神かは分からない……はたまた別の何かか。それらの気まぐれが決めるところなのだろう。



なあマルコ、グレイス。



お前たちはどうだったんだ?



きっと生きた年月が短かった分、心残りはオレよりもずっとずっと多かっただろう。



悔しかっただろう。


辛かっただろう。



………………でも、たった十代半ばだったお前等は、それに耐えたんだ。



だから、オレもこらえてみせるよ。



そして願わくば………ちょっとだけで良い。



どうかそれを、見届けていて欲しいと思う。







辺りは真っ白で、とても寒い。



そうだよな。今日は朝から大分吹雪いていたんだ。


容赦なくオレの身体には冷たく凍った雪が吹きつけてくる。


もう……歩いていて、手足の感覚は無くなっていた。


だが胸や、腹は抉られるように痛んだ。それが辛くて、オレは気付かないうちに涙を流していた。



……………目も、耳も自由が効かなくて、どこを歩いているかも最早定かでは無い。



ただ、寒い。猛烈に寒い。


こんなにも、身体の芯から冷えていくような感覚はいつぶりだろうか。




やがて…………何故、どこを目指して歩いているかも、オレはよく分からなくなっていった。



そもそも、オレは何でこんなところにいるんだっけ。



早く、グレイスが待っている家に帰らなくては………………。



グレイス。



その名前に、心が僅かに奮い立つ思いだった。



そうだ………、グレイス。



オレたちは、且つて随分と険悪な仲だったけれど………訓練兵最後のトロスト区での実習で、あいつが大怪我をしたことをきっかけにその関係は少し変わった。



それから二人揃って調査兵団なんかに入っちまってさ………、色んなことがあって、その度に衝突を繰り返しはしたけれど、やっぱり最後にはお互いがすごく大事だったってことに気が付いて…………



それで、そうだ。



オレとグレイスは結婚したんだ。



随分と回り道はしたけれど、やっと結ばれることができて……本当に。……………。



式のとき、真っ白な衣装を着たグレイスは何だか悔しいけれどすごく綺麗だったっけ。


正直にそれを言ってやれば、何とも恥ずかしそうにするのがおかしくて……何度も何度も繰り返して、からかうように褒めたのを覚えている。確かに。



………………やがて、グレイスは子供を身ごもった。初めてのオレの、オレたちの子供だ。



その知らせを聞いて、心から、叫びたいほどに嬉しかった。


よくやった、と彼女を強く抱き締めて強引にキスをしたら、唐突すぎると怒られた。


でもそのときは、それすらも幸せだったんだ。



少しして……グレイスは兵士を辞した。


そして二人でなけなしの金をはたいてはひとつ家を買った。


とても狭く、おんぼろだったが今のオレたちには相応だろう。


それにグレイスは自分たちの家が出来ることをとても喜んでくれた。


周りの皆も祝福してくれて………、オレたちの新しい生活は、ここから始まったんだ。



生まれた子供は女の子だった。


正直最初のうちは自分が父親になる実感はあまり湧かなかったが、それでも三人で過ごす時間はオレにとって何にも変え難いもので………守るべきものがあることに幸せを強く感じた。



…………家族で色々なところに行って、沢山話をして、笑った。


飽きる位に一緒の時間を過ごして、それでも飽きることはなかった。



生きていくうえで辛いことは沢山あるけれど、オレにはグレイスがいて、子供がいる。


その思いだけで、どんなに救われたか……………。



――――――――そしてグレイスは遂最近、二人目の子の生命を身体に宿した。



今年の冬は格別に冷えるから………オレは出発をする前に、散々に口を酸っぱくしてあったかくしていろよ、と忠告をした。


グレイスはオレの過保護さとしつこさに最後にはうんざりとした表情をしていたが、それでもオレが家を出るときは娘と一緒に笑顔で………けれど、少しだけ寂しそうに送り出してくれたんだ。



オレは凍える寒さに耐えながら、自分の家を想った。


その窓から覗く、降るような星空を想った。隣にいてくれた筈の温もりに渇えた。


身体の痛みは増々激しくなり、息苦しく胸をしめつけるので、歯を食いしばって必死にそれを耐えた。



そうだ。帰ろう。



壁の中に帰れば、そこにはオレの家がある筈だ。



グレイスが、家族が笑って、優しくオレを迎えてくれる家が、必ずある筈だ…………!



だから、早く帰らないと。



オレは、グレイスのところに帰らなくちゃいけないんだ。


きっとあいつは、ずっとオレのことを待っている………!


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