二十五・告白 中

「なあ、グレイス………。覚えているか。」



少しして、尋ねる。


声はすっかり掠れて、震えてしまっていた。

……五年前よりも遥かに、精神的にも肉体的にも成長したと自覚していたのに関わらず、こういうところで決まりきらないのがひどくもどかしい。



「オレがここで、お前に言ったこと。」



グレイスはゆっくりと目を伏せた。


………きっと、覚えていたんだろうな。だからずっと、オレの傍にいたんだ。


いつかオレが思い出すと信じて?………いや違う。


グレイスは、オレが持ちかけておきながら一方的に置き去りにしていた約束を、守ってくれていたんだ。精一杯に。



「あの約束は、今でも有効か。」



声と同じで、身体も少し震えてしまっていた。


しかしグレイスの前髪が彼女の目元に影を作るので……その表情は伺えなくなっている。



「オレ……ずっと長いこと忘れていて…………しかもすごく嫌な奴だった。
でもさ、これからは……。今度こそは、ちゃんとお前の傍にいるから………、
だから一緒にいても、良いかな。」



気持ちをうまく表現できなくて辛かった。でも……この言葉が今の自分の中にある全てだと思う。


もう、あの約束通りに結ばれることができないのなら、せめて傍にいたい……、そんなことを………



やがて、グレイスが再びこちらを見上げて、ゆっくりと手を伸ばしてくる。


その仕草から屈む様に促されているのを感じ取って、少し膝を折った。



…………頬に、掌が触れる。



茹だるような大気の中でりんとして、ただひとつ冷たい。


その心地良さに目を閉じてしばらく感じ入った。



「……………眼鏡。」



やがてグレイスが小さく呟いて、オレがかけた銀縁の眼鏡にそっと触れる。かちゃりと微かな音がなった。



「似合いませんねえ………。」



しみじみとした声だ。


目を開くと、グレイスがこちらを真っ直ぐに見つめている。懐かしい感覚に見舞われて、少し目を細めた。



「………うるせえよ。」



そう応えると、グレイスは微かに笑う。


それから触ったときと同じくらいゆっくりと手を離した。



「今………貴方の目に、私はどう映っているのですか。」



質問に対する答えを探そうと彼女を改めて観察するが……途中で、やめた。


恐らくグレイスは解答を欲しがっているわけではない。



「貴方の背は、私が死んでから随分と伸びました。声も低くなって……それから目も、少し悪くなった。
でも………私はずっと十六才のままです。いつの間にか、貴方と十才近く年が離れてしまいました……。」



……………確かに、彼女の姿は少女以外の何者でもなかった。


同年代と比べて発育はそう悪いほうでは無かったが、やはり肉付きの薄い肩や胸、そして表情に……あどけなさが色濃く残っている。



「それを思う度に……貴方と私はやはり違うものなんだな、と痛感します。」



グレイスは裸足のままゆっくりと立ち上がる。青い草がそれに合わせて踏み分けられて、さわさわと音を立てた。



「…………約束は無効ですよ。私はそれを言う為に、貴方の前に現れました。」



グレイスの背は低く、立ち上がっても頭はオレの胸辺りにしかならなかった。


……………オレはただ、じっとその様子を見ていた。



「約束は、私だけが覚えていれば良いのです。貴方は、忘れるべきです。
そうあるべきだと………そういう、ものなんです。」



グレイスも、オレのことを見上げていた。


不思議とそれだけで、十五年以上の歳月を遡って……ここで約束を交わした頃に戻れる気がした。



でも、違う。



年月は確実に経っていて、オレは二十五才で、グレイスは十六才だ。


そして、オレは生きて、グレイスは死んでいる。



凪いでいた風が少し吹き始めた。


しかし、相変わらず蒸し暑い。



グレイスが、今度はオレの掌に触れる。


冷えきっていて、触っていると少しだけ目眩がした。


握り返してやる。すると、もっと強い力で返された。



強く、瑞々しい日差しはその間も細かい木の枝や葉のもつれをチラチラと草原の上に印している。

その黒と白の入り乱れた色彩は繊細な雰囲気からも、まるきり例の本の表紙にされたエッチングのようだった。

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