二十五・母 結
……………ジャンが去った後。再びしんとしてしまった家の中、時計の音がひとつずつ刻まれて行く。
それに合わせて蝉の声と微かな鈴の音。………毎年お馴染みの夏の三重奏だ。
それを聞きながら、すっかり草臥れた老女が一人、机の上にのった古びては表紙が剥がれてしまった本を見下ろしていた。
今になって……………思う。
私は、グレイスが生きていてくれればそれで良かったんだ。
少しわがままに育っても、良い年をしてお伽噺が好きな夢見がちな子でも、構わなかった。
傍にいて笑っていてくれれば、それだけでどんなに幸せだったか。
でも、それは全部あの子がいなくなってからやっと気付いたことだ。
灰色の台紙に且つて書き付けた、自らの文字にぽたりとひと雫落とされた液体がインクを滲ませた。
……………人前で泣けない不器用さは昔から。あの人は、私のそういうところを嫌っていた。
なんで頼ってくれないのかと文句を言われた。私は迷惑をかけたくなかっただけなのに。
本当に、ちょっとしたすれ違い。それがこんなことになるなんて、思ってもいなかった………
涙は後から後から溢れてくる。この年になっても、泣き方まで不器用だなんて本当に嫌になる。
(どこまでも………私たちは似ていますね。)
一人でいるこの家が変に広く感じた。
ひしひしと感じる、孤独。
外はひどい暑さだと言うのに何故か肌寒く、自身を抱き締めるようにした。
(さびしい…………。)
グレイスがいなくなってから、私は本当に一人ぼっちになってしまった。
…………でも、あの子はきっと私の何倍もさびしくて、一人ぼっちの思いをしたに違いない。
もう…………何もかもが遅いのは分かっている。
私にできるのはただ、あの子の今が安らかであることだけだ。
「本当に………なんておろかで、あさましい……………」
声をあげて泣くのは何年ぶりだろうか。
でも、この痛みも苦しみも仕方の無いことだ。
どこからかは分からないけれど、間違ってしまった罰なのだろう。
「グレイス………………。」
でも、どうか信じて欲しい。
こんな回りくどい方法でしか想いを伝えられなかったけれど、私は本当に貴方が大好きだった。
愛しい愛しい、私の、たったひとりのグレイスへ。
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