十・やがて忘れてしまう 下

私は台所に立っていた。すっかり日が沈んでいた為に家の中には僅かな月明かりが差し込むだけである。



月光が横顔にゆっくりと触れていく。それを肌に感じながら、私は屑篭の中をじっと見下ろしていた。



中身は、野菜の芯、果物の皮、茶葉の出涸らし、色々な種類のものが捨て置かれている。



元は美味しい食べ物の一部であったのに関わらず、今はとても汚らしく、触れるのも厭われるほどに思えた。



そして、その上に重なる様に置かれた私が作ったレープクーヘンも。



少し焦げて、冷たくてもそれなりに美味しい筈。



でも食べる気にはなれなかった。



……………食べ物を捨てるのに、罪悪感はある。増してお母様が身体を削って働いて得たものを。



けれどどうしても喉を通らない。目にすることすらも辛い。



やはり、泣きたかった。でも泣くと心が折れそうで嫌だ。



我が儘で意地ばかり張って、独善的。



それが私を形容する全てに思えた。



――――――――ジャンと、お母様。



二人の私の大好きな人。



やがて私は、彼等と口をきかなくなっていった。



求めても返されることはない。



優しくしてもされることはない。



それが分かって虚しくなったから。



結局私は自分が愛されたくて仕様が無いだけの、どうしようもない人間だ。



ジャンとエリサの仲を取り持ったのだって、ジャンが喜んでくれるのが嬉しかったから。


ジャンが、私に沢山ありがとう、って言ってくれるのが幸せだったから。



本当に彼の幸せを願ったわけじゃない。全部全部、私のため。



(なんて……あさましい。)



醜い正体を知った気がして、自分が嫌いになった。



そしてそれ以外も。



嫌い



嫌い



最低。



‥‥‥‥‥‥‥‥‥本当に?



本当に嫌いなの?



ええ、勿論です。



………………本当に?



…………………。本当は、違う。



でも、その時にはもう手遅れだった。



私と同じように、お母様もジャンも私のことが嫌いになっていた。



私には、もうどうしようもできない。



ひたすらに心を閉ざして、なるべく傷付かないようにするしかない。



だから弱くて醜い、哀れな自分を隠して、精一杯に強がって生きてみせた。



そして、今も。

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