二十・想い 下
「ジャン君!次のお休み、予定ある?」
それから少しした日の夕食で、いつかと同じようにオレの向かいに座った後輩が尋ねてくる。
それに反応して顔を上げると、彼女は相変わらずにこにこと脳天気な笑みを浮かべながら「もし良かったら遊びに行こうよ!」と元気よく誘いを持ちかけて来た。
「…………………。いや、悪いな…。その日はちょっと……」
少々悪いな、と思いながらオレは返答する。
もし何も予定がなかったらその誘いには乗っただろう。…彼女といるのは、そんなに嫌いでは無かったから……。
「そっかあ…。残念。なんの予定が入ってるの?」
彼女は少し表情を曇らすが、またすぐにいつもの生き生きとした雰囲気を身に纏う。
オレはその質問に対する答えに少々窮した。………死人と出掛けます、なんて言ったら正気を疑われるだろうし……。
「まあ。……知り合いと少し街に。」
そして、当たり障り無い返答をする。奴はほお、と言うように相槌を打った。
「それって男の人?女の人?」
豆のスープをスプーンにすくいながら、彼女は質問を重ねる。
マズいな……。どうも興味を覚えられてしまったらしい。
「…………女だ。」
ひとまず、答えられるところまで答えよう。あとは適当に誤摩化せば良い。
「ひょっとして、付き合ってたりする?」
彼女の顔色にわくわくとした色味が加わる。
……くそ、なんで女っていうのはどいつもこいつも例に漏れず恋愛沙汰の話が好きなんだ………。
「いや、付き合ってはねえな……。」
「じゃ、ジャン君の片思い。」
「ちげえよバカ。むしろ向こうの片思いだ。」
「告白されたの?」
「まあな。」
「…………返事はしたの。」
「いや………まだ。」
「何それ、まどろっこしい。」
彼女はパンをむしゃりと噛みちぎると、少々不機嫌そうに言った。
オレは思わず苦笑してしまう。
「ジャン君はその人のこと好きなの、嫌いなの。」
どうやら奴の変なスイッチが入ってしまったようだ。ずいと身を乗り出して単刀直入に聞いてくる。
「………………………。嫌いじゃないけど。」
「じゃあ付き合えば良いじゃない。」
「いや……でも、そういう対象じゃないっていうか……。」
「………。それなら、もしもその人が他の人と付き合っちゃったらどう思う?」
そう聞かれた時に、ふと。
マルコと頭を寄せ合っては勉学に励んでいた、いつかのグレイスの姿が頭を過った。
それは、5年以上経った今でも鮮明に、どこか痛みを伴って思い出すことができた。
「……………それは嫌…だな。」
少しの間を置いてから返答すると、目の前の奴は大きく溜め息を吐く。
「それならあとは自分でよーく考えて行動しなさい。少しは頭を使わないと脳みそまで馬並みになっちゃうよ。」
最後に水を一口にあおった彼女は立ち上がって、早々に去って行く。
オレは妙に肩をいからせたその後ろ姿をぼんやりと眺めながら、残りのパンをかじった。
*
それから数日後。
オレは彼女から想いを打ち明けられた。
活発ないつもの面影はどこへやら、ひどく震えた弱々しい声をしていたのをよく覚えている。
勇気を出したんだろう。見かけによらず純情な奴。きっと心の中は不安でいっぱいな筈だ。
『ジャン君は好きな人がいるのに、こんなこと言って、ごめんなさい。』
『困らせちゃって、ごめんなさい。』でも、どうしても気持ちに応えてやることができなかった。
脳裏にはあの少し低い声が、真っ直ぐに伸びた髪が、懐かしい色をした瞳が過っては、消えてくれない。
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