二十・服屋
……………奴の姿は、以前言われた通りにオレ以外には見えないらしい。
それは二人で並んで外を歩くうちに嫌でも理解することができた。
何故なら、下履きに男物のシャツを引っ掛けただけの……端から見たら変態にも見える女が隣にいても、皆、無反応。
知り合いに出会っても、軽くオレに対して挨拶をしてきたり無駄話を振ってくるだけである。
だから……外、人が近くにいる時では小さな声で話しかけなくてはいけない。
普通の音量で話せばそれこそ妖しい奴になってしまうから………。
*
((ほらよ、これなんてどうだ。))
グレイスはオレが手に取ったローズピンクのスカートを眺めては首をぶんぶんと振った。
「そ、そんな……!ピンクだなんて貴方、女の子が着るものじゃないですか!!」
((…………お前は女じゃなかったのか。まあ、知ってたけど。))
「なんて失礼なことを言うんですか!!」
((どうしろって言うんだよ………。))
オレは溜め息を吐いた。
端から見たら、女性用の服屋に男がひとり。
出来るだけさっさと出たいというのに、オレ達の買い物はあーだこーだと言いながらなかなか決まることはなかった。
「だから……これで良いですってば。無彩色が着慣れていて一番落ち着くんです……」
((折角買ってやるって言ってんのにこれはねーだろ…。オレは喪服に金を払うつもりはねえぞ))
「もっ…!?」
((さっさと決めないならオレが勝手に買うぞ。))
そう言っては嫌がらせのようにこの店で一番甘い雰囲気を纏った服の方へ視線を送る。
レースが大量にあしらわれては鮮やかな桃色のリボンで飾られたそれを眺めて……グレイスは青白い顔の色味を更に無くして行った。
「ちょ、ちょっと……!!なんですそのロリータ趣味は!!変態ですか!?」
((……冗談だよ。うるせえから落ち着け。))
「まったく……なんで選ぶ服選ぶ服がピンクなんですか……。せめてブルー系統でお願いしますよ……。」
((いや……お前ピンクくそ似合わねえと思うから……着せたら面白そーだな、って……))
「なんですって!!??」
怒鳴る奴の声が聞こえないふりをして、もううんざりとしてしまっていたオレは遂に……傍にあった青色のワンピースを適当に手に取り、近くにいた店員に声をかけて会計を済ます。
流れるような自然な動作で行われたそれに対してグレイスは目を丸くしては何事かを抗議しようと服を掴んでくる。
が、オレはなんだかもう化粧品の香りだとか重なり合う薄い繊維の服がところ狭しと並べられている店内に辟易としており……(なんだか鼻もかゆくなってきた)それに耳を傾けることはせずにさっさと外へと出た。
*
「ちょっと!なんで勝手に買っちゃうんですか!!」
「あそこであのままお前に付き合ってたら朝になっちまうだろ………。」
「せめてもう少し飾りが少ないものを……」
「うるせー、言っとくがお前は買ってもらってる身なんだぞ、贅沢言うな!」
「そ、それなら最初から一人で買いにくれば良いじゃないですか……」
「…………………。」
グレイスの呟きに、オレは少し黙り込んだ後……迷わず、自分よりも随分と低い位置にある頭を勢い良くはたいた。
「……………なっなにするんですかっ………!?」
驚いては裏返った声で尋ねる奴の手を引き、オレはそのまま道を歩き出した。
……………非常に腹立たしい。
二人で街に来る行為に意味があるというのに、こいつはそんな簡単なことも分からないのだろうか。
「ジャン……怒ってるんですか…………?」
オレの不機嫌に気付いたらしいグレイスが先程の不満げな口調とは打って変わって心配そうに尋ねてくる。
言われた通り怒っていたので、仕返しとばかりにそれを無視してやった。歩く速度もあげてやる。
………まあ、可哀想なので手は離さないでおいてやろう。
すると、グレイスは至極焦ったように隣に並んで顔を覗き込んで来た。その表情は必死である。
「ごっ、ごめんなさい……!ジャンが折角買ってくれたのに文句言っちゃって……大事に着ますから……機嫌直して下さい……!!」
………ひどい取り乱しようだ。
なんだかそんなグレイスを前に、怒っているのもアホらしくなって……たまらず、吹き出す。
笑ってみたら、さっきまで心にわだかまっていたちょっとした怒りとかはどうでも良くなった。
その代わりに、未だ自分を不安そうに見上げる幼馴染が不本意ながら可愛く見えてしまう。
抱き締めてやったらどんな反応をするんだろう、と一瞬考えるが…まあ、行動には移さない。ここは外で人の目もあるし。
端から見たら…オレは一人で、隣にグレイスは居らず、街の街路樹沿いを歩いているだけなのだから………。
「大丈夫だ。怒ってねえよ。」
口からは、自分の言葉だとは信じられない位の優しい声が出た。
それにグレイスは安心したように息を吐く。……どうやら、相当気を張ってしまっていたようだ。
「良かった………。私、ジャンにまた嫌われてしまうかと思って………」
小さく呟かれたグレイスの言葉に胸がじわりと痛む。
安心しろ、もう嫌いにはならねえよ、と同じくらい小さな声で返しては、オレは奴の掌を握ったまま歩き続けた。
街路樹の青い葉の間からは白く透き通った日差しが覗いている。
…………且つて、本当に小さな頃、この季節に二人で同じように手を繋いで歩いたときは、あっという間に掌が汗まみれになってしまったっけ。
あんなにも熱いと思ったグレイスの手も指も、今はすごく冷たかった。
それがとても悲しかったけれど、触れ合えるだけ幸せなことなのだろう……と思い、握り直しては歩き続ける。
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