二十・想い 中

「ジャン!!!!貴方今年で20才じゃないですか!!」



ある夜、ベッドに入ったは良いがまだ眠たくなかったオレはランプの火を少し小さくしては本を読んでいた。


そんな中で響く、グレイスにしては取り乱したような焦った声。



「…………ん。ああ、確かに20だな。」


オレはひとまず生返事でそれに応えた。


何年か前の約束を律儀に守り、滅多にベッドの中ではオレの傍に寄って来ないグレイスだったが、このときばかりは体をずい、と寄せてくる。



「なんだよ………。」


うっとうしそうに眉間にしわを寄せて、グレイスのことを見た。


奴はオレの顔をまじまじと覗き込んでくる。その勢いに押されて少し身を引いてしまった。



「……………そうですか。貴方が成人ですか……。」



そして、いたく感心したようにグレイスは言い放つ。


なおも穴が空く程にこちらを眺めてくるので、なんだか堪えられなくなったオレは、奴のでこをかるくはたいた。



「…………何するんです。」


グレイスははたかれた箇所を抑えつつも、不満げな声をあげて睨んできた。


相も変わらず鋭い形をした瞳だが、………自分がいつの間にか彼女の年を越えてしまったからだろうか。

且つては威圧ばかりを感じていたその表情や仕草のひとつひとつが幼く見えた。



「………………………。」



なんとなく、無言で頭を撫でてやれば「子供扱いはやめなさい。」と不機嫌そうな声が返ってくる。


だが拒否はされなかったので、オレはしばらくグレイスの髪がくしゃりとしてくるまでそこを撫で続けた。



……………だんだん、グレイスの青白かった頬へと朱がさしてくる。


遂にベッドのマットへと突っ伏してしまうので……(やり過ぎたか……)と思ってはそろりと手を離して、苦笑する。



………数分感の沈黙の後、グレイスはもそりと起き上がった。


もう、顔の赤みはひいていたが実にきまりが悪そうである。



「…………まあ。ひとまず、成人おめでとうございます。」


そして、コホンと仕切り直すように咳払いしてから軽い祝辞を述べた。


オレは何だかすこぶる気分が良かったので「おう。」と朗らかに笑ってかえす。



「それじゃあ……何かお祝いをあげないといけませんね。」


そして、彼女の言葉に「良いって、そんなの。」と続けた。



「いいえさせて下さい。私、貴方に何かしてあげたいんです。」

だが……グレイスは真剣な声色で返してくる。



…………正直言うと、部屋を掃除して服の様子を整えてくれるだけで随分と助かっているから、それで充分なのだが。



「だから別に良いって。第一お前の体じゃできることの方が少ねえだろ。」


もう一度言っては頭を軽く叩く。……くしゃりとさせてしまったところを今度は整えるように。



「でも……成人のお祝いは特別です。それに私はジャンに色々してもらうばっかりで少し心苦しいんです。
何かひとつでも……私ができること、ありませんか。」



だが、グレイスは引き下がらなかった。

そしてオレは、こうなった奴はてこでも意見を曲げないことを知っている。



……………少し、考え込むような仕草をした。



グレイスに………して欲しいこと、ね。……………。



「ひとまず、服だな。」


ベッドから半身を起き上げていたグレイスを眺めながらオレは零した。



「服?」



グレイスは訝しそうにその言葉を鸚鵡返した。


そして、奴の着衣としてお馴染みになっているオレのシャツの襟をなんとはなしに弄る。


……………かつてもその体にはかなりデカかったシャツだが、ここ最近オレの身長がまた伸びた所為でそのサイズもさらに一回り大きくなっており……彼女の様子はシャツに着られていると言うよりも食われているような形になっていた。

正直、かなりみっともないし襟口から覗く鎖骨のあたりが目について仕方がない。



「いつかも買いに行こうとした時にお前、いなくなっちまったじゃねえか。今度こそ行くぞ。
確か来週の木曜が丸一日休みだ。暇人のお前なら予定もないだろうけどそこは空けとけよ。」


一口にそう言っては、じゃあオレはそろそろ寝る、と言ってサイドテーブルのランプの灯を落とそうとする。


しかし、グレイスが「ちょ、ちょ、ちょっと!!!」と寝間着を掴んでくるのでそれは阻まれてしまった。



「何だよ………。」


と先程と同じように心底うっとうしそうに尋ねれば、グレイスは「ちょっとそれおかしいじゃないですか!!」と怒鳴るように訴えてくる。


「何がおかしいんだ。」

オレの服を掴んで離さない奴の掌の項をべちべち叩きながら言い返すが、その手は全く力を緩めてくれない。



「だって、話の運びから察するに買うのは私の服でしょう?」


「そうだよ。オレの服買うのになんでお前がついてくるんだよ。」


「ちょっとそれ変じゃないですか!?なんで貴方の成人のお祝いが私の服なんです!!??」


「うるせえな……。オレが必要なんだよ。」


「はあ!?……………、もっ、もしかして貴方さてはいつの間にか女装の趣味が「なんでそうなる!!??」



奴の額に渾身の一撃をお見舞いした後に、うんざりとしながら溜め息を吐いてランプの灯を落とす。

グレイスは無言で痛みを堪えていた。かなり強く叩いたのでしばらく静かになってくれるだろう。



「…………その格好落ち着かねえんだよ。」


ぼそりと言いながら毛布を自分の体にかけなおす。


グレイスもゆっくりと体をベッドに沈めるので、彼女にもきちんとかかるようにしてやった。



「もうかれこれ5年もこの格好ですが。」

少しして、グレイスが不思議そうに返してくる。今更……?と言う響きが含まれている。


「月日は関係ねえよ。
じゃあ聞くが、お前はオレが半裸でうろうろしてても良いのかよ。」


「はあ?嫌に決まってるじゃないですか。」


「……即答かよ。
まあ、だけどなんか、そんな感覚だよ。オレの為と思って大人しく買われろ。」



話はこれで終わりだ、というようにオレは寝返りを打って向こうを見る。


背中からは何か言いたそうなグレイスの気配を感じたが、もう無視することにした。

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