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『今年も……もうすぐ夏だね。』
『はい。』
『また、ジャンのところへ?』
『ええ勿論。彼は年を重ねる度に面長になってより馬に似てきました。
今年はもう馬とジャンの見分けがつかなくなっているかもしれませんね。』
『ははは…………。』
だが…口では冗談を言っておきながら、グレイスの表情は少し曇っていた。
それが気になった僕は、『どうしたの。』と尋ねる。
『………………ジャンが、いつまで私のことを覚えていてくれるかと思うと、とても寂しいんです。』
『そっか………。』
『これから先、ジャンは私のことを忘れて行きます。必ず忘れてしまいます。……いえ、忘れるべきなんです。
一夏、一夏越えて行く度に……来年は遂に忘れられてしまうのではないか…と、すごく怖くなります…。』
『………仕方無いよ。死んだ人間は忘れられるものなんだ。そうでないと、苦しくて耐えられないだろ……。』
『承知してますよ……。悲しいですね…、本当に死んでしまえば何もかもがおしまいです。』
そう呟いた直後、グレイスの姿は僕の隣から消えた。
恐らく、今年もただ一人愛する彼の元へ行ったのだろう。
また………僕は彼女に、少し厳しいことを言ってしまった。
でも実は、忘れられることだけが全てじゃないと……心のどこかでは思っている。
もしかしたら。もしかしなくても。
これはグレイスだけの問題じゃない。僕のものでもあった。
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