十七・ゲーム、ケーキ、約束 上
…………二人は同時に顔を上げた。そして睨み合う。
そんな拮抗状態が数分続いた後、ジャンが口を開いた。
「………今のはねえだろ。」
低く、恨みのこもった口調だ。だが、グレイスはそんなものどこ吹く風といった様子で「どうでしょうか」と返す。
「あなた、数年前から何にも変わってませんね。目先の利益にばかり捕われているからいつも私に負けるんです。もう少し視野を広く持ちなさい。」
「うるせー。」
ジャンは持っていた手札をバラリと放るように投げた。それは机の上に置かれたカードの山の上に無造作に散らばる。
「もうひと勝負しますか?」
結果は同じでしょうけれどね、とグレイスは余裕と思える笑みを浮かべながら机に散らばるカードを回収した。
「………イヤ。」
ジャンは机に頬杖をつきながら応える。
「カードってのが悪いんだ。形を変えよう。」
彼の言葉にグレイスは首を少し傾げた。
ジャンは立ち上がり、何やら今日外から持ち帰った荷物をごそごそとあさる。
そしてしばらくした後、「お、あったあった。」というどこか弾んだ声をあげた。
「今日街に出た時に安かったから買って来たんだ、これなら確実に勝てるぜ!!」
ジャンが荷物の中から取り出したのはさいの目模様が描かれたゲーム盤だった。
ふたつに折り畳まれていたそれを広げて机の上に置き、ジャンはどうだと言うようにグレイスを見下ろす。
グレイスは彼をしばらく見つめ返したあと……「チェスとはまた……かっこつけの貴方にぴったりの遊具ですが……私、ルールほぼ知りませんよ。」と言う。
「安心しろ。オレもよく知らねえ。」
ジャンは間髪入れずにそれに応えた。何故か得意面で。
「………じゃ、なんで買ったんですか。」
グレイスが呆れた表情でそれに返す。指先で黒いポーンをつつきながら。
「………………………。」
ジャンは彼女の言葉に少し考え込むようにした。
そしてグレイスの指の腹で弄られているポーンを取り上げて盤面に配置しながら「…………さあな。」と愛想無く答える。
「…………………。どうせ、短い間しかいれないなら…楽しい方が良いだろ。」
一拍おいて、小さな呟きが彼の口から漏れた。
グレイスは手を伸ばして駒を配置するのを手伝う。その際に微かに指先が触れ合った。
…………もう、お互いにそれぞれの体温差には慣れていた。二人は無言のうちに駒を白と黒で区切られた盤面へと並べていく。
「ありがとうございます。」
グレイスが小さく笑って礼を述べた。
「すごく楽しいですよ。」
付け加えられるようにされた言葉に、ジャンが「まだゲームは始まってねえよ……。」と返す。
グレイスは「それもそうです、」と吹き出しそうになった後…「……でも、楽しいです。」と同じ言葉を繰り返した。
「そりゃ良かったよ……。」
ジャンの応えは相変わらず素っ気ない。けれど二人を取り巻く空気は穏やかだった。
グレイスが「ええ、良かったです。」と幸せそうに言いながら、最後のひとつの駒を…2のa、白いマスの上に収めた。
「さて、どっちから始めるか。」
白のナイトを人差し指の爪先でこつこつ叩きながらジャンが言う。
「貴方からで良いですよ。」
グレイスはその様子に流し目しながら応えた。
「…………良いのか。」
「どうせ私が勝ちますから。」
「野郎」
「だから野郎じゃありませんったら。」
「…………そのくらい知ってる。」
「それは嬉しいです。」
ジャンは一度舌打ちしては彼女の言葉に甘えて先攻する。
盤面をポーンが前進する乾いた音がひとつ、室内に響いた。
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