二十・想い 上

「ジャン君は、夏が好きなの?」


とある夕食時、向かいに座ったひとつ下の女性兵士に尋ねられる。


オレは口に含んでいたパンを数回咀嚼して飲み込んだ。


それから「何でそう思う?」と尋ね返す。



「だって、なんだか夏になるとジャン君楽しそう。珍しくわくわくしてるって言うか……。……良い人そう?」


「オレはいつだって良い人だっての」


軽く彼女の頭をはたいては、再びパンを口に放り込む。


奴は「いたーい、」とわざとらしく言ってはにこにこと笑った。……こいつは年中楽しそうで良いよな。気楽で。



「まあ……冬よりは好きだな。寒いのはかなわねえ。」

「あとは長期休暇があるからでしょう?」

「サボることばっかり考えてるお前と一緒にすんなよ。」


愛想無くそう言って皿の上のものをさっさと完食しては立ち上がる。



…………時期的に、もうすぐだ。もしかしたら今、すでに部屋にいるかもしれない……


そう思えば、一刻も早く自室に戻りたくなる。浮き足立って、たまらなかった。



「なんでそういう言い方するかなー。」


歩き出すと、背後から呆れたような声をかけられるので「悪い悪い、」とひとまず謝っては笑う。

奴も別に怒っている訳ではないらしく、笑顔で手を振っては「また明日」と返してくれた。


少し生意気だが、中々にオレのことを理解してくれている良い後輩だ。

色々なことがあったが……オレの性質が少し丸くなったからだろうか。以前よりも周りに苛つくことは無くなった気がする。







自室の扉を開くと、ひやりとした空気に触れる。この季節、閉め切っていた部屋ではあり得ない室温だ。


それが何を意味するのか、オレは経験からよく分かっていた。


思わず表情は和らぐ。本心を言えば……嬉しい。とても。


この季節を一年待ったんだ。……こういう感慨を抱くのは当たり前のことだと思う。


だが、それを悟らせることはしない。だって恥ずかしいし、なんだか悔しい。



「おい、今年はちょっと早いんじゃねえの。もっとゆっくり来いって言ってんだろうが。」


少し刺のある言い方をしながら部屋へと入り、ランプを灯した。


炎が暗がりを照らし、明らかに自分のものではない…小さくてか細い人影が微かに揺らめく。



「だって、出来るだけ早く来たいじゃないですか。折角貴方に会えるのに待てだなんて、私、無理です。」



闇の中から聞こえてくる声は本当に嬉しそうだった。


けれど、オレはわざとらしく溜め息を吐いてみせる。



「ジャン、今年もよろしくお願いしますね。」


すぐ隣から、懐かしい涼しさを感じた。

りん、と薄いガラスが合わさった時の音。あれの気配に少し似ている。


オレは作った仏頂面のまま、ゆっくりと頷いた。



「仕方ねえな。ちょっとは面倒見てやるから……今年はとっとと帰れよ。」



無愛想にそう言えば、「善処します。」とにこやかに微笑んだグレイスがランプの橙色の灯りの中に姿を表す。



――――――この前会った時から一年経ったのに関わらず、その姿はやはりずっと変わらないままだった。


髪は真っ直ぐで、瞳の色は生意気そう。



それを眺めながら……ああ、オレはやっぱり夏が好きなんだなあ…、とじんわりとした感慨を抱いた。

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