十五・解散式の夜

…………真面目で、至極優秀な奴への嫉妬が無いかと言えば、嘘になるのだろう。


グレイスの奴………いつだって始まりはオレより劣っている癖に、月日が経つと必ずその差を埋めてきやがる。


オレが、奴の事を苦手と感じ始めたのは………その事実に思い当たった時なのかもしれない……………







「後日配属兵科を問う。本日はこれにて第104期『訓練兵団』解散式を終える…以上!」

「ハッ!!」



教官の号令と同期の訓練兵たちの声が響く中、オレは自分よりも左…エレンを挟んでアニの隣に姿勢よく収まっているグレイスの事を横目で眺めていた。


奴は何処を見つめているのか、その涼しげな視線は遠くへやられたままである。

だから、オレ達の視線は決して交わる事は無かった。



…………胸の中では、信じられないと思う気持ちが溢れ返っていた。



何故だ……………?



何故、オレがグレイスよりも下の順位なんだ!?

確かにここ最近随分と差は縮まっていたかも分からねえが、立体起動の扱いはまだ確実にオレの方が上だった筈だ!!



それなのに……何故だ。畜生、涼しげな顔しやがって。こっち向けよ。優等生な顔しやがって、本当は愉快で堪らないんだろう?


…………優等生?


そうか、座学か。あいつ、ここ最近は随分と熱心に…それこそ教官に取り入る様に質問しに行ってたもんなあ…………



オレは心の中に何か黒いものが浮かび上がるのを感じていた。



……………それは、勿論今期訓練兵団発足当初から犬猿の仲であったエレンにも言える事だったが、やはり…生まれた時から一番に距離が近かった、グレイスに強く感じてしまう。



もう一度………オレはグレイスの白い横顔を眺めた。やはり奴はオレの視線には気付いていないらしい。

そのくすんだ色の瞳には、両脇に据えられた大きな篝火が映り込んで不思議ときらきらして見えた。



その時………篝火と同じ様にオレの胸の内で燃え上がる様に宿った感情がひとつ。



――――――たった今、オレはグレイスに強く嫉妬している。







「………………無事、三人共上位入りできましたね。」

珍しく上機嫌らしいグレイスが柔らかく笑って、ひとまず乾杯です、と大きなゴブレットを向かいに並んで座るマルコとジャンに差し出してくる。


「うん。おめでとうだね。それにしてもグレイス、五位以内に収まるなんてやるなあ。」

朗らかに笑いながら自らもまたゴブレットを合わせてくるマルコ。不機嫌そうなジャンとは対照的な反応である。


「うふふ…それほどでもあります。努力の賜物ですよ。」

解散式、という特殊な環境がそうさせているのか、今夜のグレイスはとても楽しそうだった。

頬を少し上気させたその様は、珍しく年頃の少女の様に邪気無く見える。



「だから君は少しは謙遜しなよ……」

それはまたマルコも同じ様だった。二人はくすくすと可笑しそうに笑ってお互いの上位入りを祝福し合う。


だが…それを近くで見ていたジャンは、実につまらなそうであった。


先程から続く、グレイスに順位で負けた事に対する悔しさがその原因であったし、また、相も変わらず目の前の二人の仲が睦まじいのも気に食わない。


………………というよりも、その時のジャンは相手がグレイスならば、例え呼吸をされただけでも気分を害す位に彼女に関して不機嫌だった。



グレイスは…………ジャンの機嫌の悪さに勿論気が付いていた。

彼の生来の負けず嫌いは知っていたし、自分の所為で、今回の順位が彼に取って不満な結果となってしまった事も重々承知している。

だが……それも時が経てば解決するだろう。ジャンは口は悪くても実はとても優しい人間だから、きっとまたいつも通りに戻る事ができる……


今までの経験からそれを思えば、グレイスの心は自然と安堵で満たされた。

そう………。ジャンはとても優しいから……



………それはともかく。グレイスは、解散式の…訓練兵として最後の夜くらい、ジャンには楽しい気分で過ごして欲しかった。



今、不機嫌のまっただ中にいる彼を元気にできる人物は一人しかしない。



少なくとも、私ではない………………



………………そう。



「ミカサ。」

グレイスは、偶然傍を通りかかったミカサに声をかける。

彼女はそれに反応して、真っ黒な瞳でじっとグレイスの事を見下ろした。



「1位、おめでとうございます。」

淡く笑ってグレイスが祝辞を述べれば、ミカサは興味が無さそうに「……どうも」と応える。


「予想通りの結果でしたよ。流石です。」

「…………そう。でも、立体起動の扱いはきっとグレイスの方が上手い。」

ミカサの言葉に…グレイスは誰にも気付かれない様に溜め息を吐いて、もう一度笑顔を作ってみせた。


「それを言うなら…ジャンの方が上手ですよ。いつか貴方に言ったでしょう。彼は実に達者に装置を扱ってみせると。」


突然会話に自分の名前が出て来た事に驚いたジャンが肩を揺らして反応する。その拍子にゴブレットの中の液体がびしゃりと跳ね上がった。


「……そうだ、ミカサ。立体起動に自信が無いのでしたら、ジャンにコツを聞いてみたらどうでしょうか。」

手をポン、と打ち鳴らして良い事を思い付いた、と言う様なグレイスの提案に、マルコは驚いた様に目を見張り、ジャンは激しく咽せる。


「…………その必要は無「まあ。そう言わずに。」

グレイスはミカサの如何にも興味が無い、と言った風な言葉を遮って自分が座っていた席に彼女を強引に着席させてしまった。今夜のグレイスはやる事成す事が随分と大胆である。


「ミカサも偶にはエレン、アルミン以外の人間と話すべきですよ。今日位、良いじゃないですか。」

少し悪戯っぽく笑いながら、グレイスはジャンに目配せをして『上手くやりなさい』と伝えた。


しかしジャンはかつて無い程の距離にいる想い人に緊張しているのか、グレイスの視線に応える余裕は無いらしい。ひたすらに固まってしまっている。



「さあマルコ。私、少し散歩に行きたくなってしまったので……付き合って下さい。」

グレイスはそんなジャンの事などおかまい無しにマルコに声をかけた。


マルコは……勿論彼女の目論みには気付いていた。だが、だからこそ………釈然としない気持ちが胸に渦巻く。



………………グレイス。君は………ジャンの事が、好きなんじゃなかったのか?



それなら…………何故。いつもそうだ。こうやって自分を不幸にする様な事ばかり。



しかし、グレイスの瞳が有無を言わせない厳しい色をしていたので、仕方は無しに「ああ…分かったよ。」と返事をして席を立つ。



そして二人は、表情が読み取れないながらもひどく退屈そうにしているミカサと、ひたすらに挙動不審なジャンを一瞥しては外へと向かった。

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