十三・雨垂れを呼ぶ記憶
――――――ジャンの視線の先には、窓があった。
そして窓の向こうには人影がふたつ。双方共によく見覚えがあるものだった。
いつかマルコと資材を運んでいた時と同じ場所から、同じ図書室の窓を見ている。
見ていても特に面白いものでも無いのに、その時のジャンはどうしても仲睦まじく勉学に励むグレイスとマルコから目を離す事が出来なかった。
「ねえ、あの二人……最近、仲良く無い?」
その時ふいに、同期の女性兵士らしい声が耳に入った。
「え?最近かな。結構前からだと思うけど。………ていうか、付き合ってるんじゃないの」
それに応える様に別の女性兵士の声が。
『付き合っている』この短い単語に、ジャンはどういう訳だか胸中によくないものがざわりと湧き立つのを感じた。
「えー!?やっぱり?やっぱりそうだよね。私もずっとそうだと思ってたんだー!!」
「こら、騒がないの。私も噂で聞いただけなんだから。まあ真面目なもの同士中々にお似合いだとは思うけどさ」
棒の様に立ち尽くすジャンの事等おかまい無しに彼女たちは会話を続けて行く。
ジャンは唐突に自分の耳を千切り落としてしまいたい衝動に駆られた。
だが……。息をひとつ、ふたつ吸って吐いて気持ちを落ち着かせる。
馬鹿かオレは。何を焦ってるんだ?
マルコとグレイスが好き合って様が付き合って様がオレには何の関係も無えじゃねえか。
むしろ口煩いグレイスの奴がこれで少しはオレに構わなくなると思うと清々する。
自分に言い聞かせる様にそれを心の中で呟くと、ジャンの心にようやく平静が訪れた。
………精々良い子ちゃん同士、よろしくやってれば良いんだ。
そう思ってもう一度窓の向こうの景色を眺めると、二人は何かの会話に興じている最中だった。
あ………笑った。
そして、グレイスが可笑しそうに口の辺りに手を持っていく。その安心し切った仕草に、ジャンは再び大層不快な気分になった。
……………嫌だ。
そして、はっきりと胸の内で呟いてしまった。
……………嫌だ。
何が嫌なのかはジャン自身にもよく理解できない。
だが………瞳の奥が焦げ付く様な、どこか懐かしい感覚に見舞われて、ジャンは無理矢理足を動かしてその場を後にした。
「グレイスの大馬鹿野郎……」
思わず口にしたこの台詞は……そう言えば、小さい頃に彼女に向かって直接投げ掛けた事がある気がする。
あの時のオレはどうしてこんな事を言ったんだっけ。
『グレイス!!何で帰っちまうんだよ。まだ夕飯までは時間あるだろ!?』
『ごめんなさい、ジャン。そろそろ勉強をしないと、私がお母様に怒られてしまうんですよ。
…………また明日、来ますから………。』
『いっつも勉強勉強って、お前はオレといるより勉強してた方が楽しいのか!?』
『………!そんな事無いです。ただ、仕方無いんですよ。私のお母様の厳しさは、貴方も知っている筈で………あ、ジャン………!?何処行くんですか!』
『うるせえ、グレイスの大馬鹿野郎!!お前なんか死んじまえ!!』
「…………は。」
気付いたら、全く今まで来た事の無い場所に来ていた。
そして、瞳の奥はいよいよ熱くなっており、今や火傷しそうにも感じる。そして胸の中も同じ様にちりちりと嫌らしい熱を孕んでいた。
この感覚には…………、覚えがある。
ガキの頃には嫌と言う程隣り合わせな感情で、今だって気付かないだけで、ずっと傍に……………
「………………寂しいのか。」
俺の呟きとともに、赤茶けて渇いた地面には雫がぽたりと落ちる。
ぽたりぽたりと雫の落下は続き、遂には雨垂れとなって大地にさあと降り注いでいった。
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