最後の星が消えるまで | ナノ


▼ ベルトルトとお風呂の話

「........!!!」


アルマはざばりと浴槽から体を起こした。


(.....いけない。寝てしまっていた.....)


ぽちゃり、と雫が天井から落ちて来る。目を閉じて、その音に耳を澄ました。

目蓋の裏には、まだ眠りの余韻が残っている。


(また.....同じ夢.....)


.......この体に.....醜い痕が現れる様になってから毎晩同じ夢を見る。

傷口から体がひび割れて行き、砂漠の岩の様に風化して....最後はぼろぼろと崩れ落ち、ただの土塊になる....

そうして、もう誰も私の事を覚えていない。あれ程深い絆で結ばれていた筈の弟も、友人も.....

みんな忘れて.....私の事を置いて行ってしまう.....


ずっと、それの繰り返しだ。



『姉さん、大丈夫?また眠っていたりしないよね?』

扉の向こうから少しくぐもった弟の声が聞こえる。

「.....大丈夫よ。起きているわ....。」

『そう。今の所人は来てないから...安心して。』

「ありがとう。.....悪いわね」

『.....良いんだよ。僕に気を使う必要は無い。』

「......ありがとう。」

『うん.....。』


この痕の所為でろくな時間に風呂に入れた試しが無い。

だから深夜、無人の時間帯を選んで入浴しているのだが....いつの間にかベルトルトが見張りを引き受けてくれる様になり....それが当たり前になっていった。

きっと彼は分かっているのだ....。自分の肌を直接見なくてはいけないこの時間が...私にとって一番辛いものだというのを.....。だから、傍にいてくれる。


(あの子は優しい....。優し過ぎる....)


入浴を長引かせてベルトルトの睡眠時間を削るのも悪いと思い、アルマはゆっくりと湯船から身を起こした。

先程まで体を覆っていた湯が彼女の白い肌の上を流れ落ちていく。

そして窪みになった赤黒い傷の上に少しの間溜まり、また雫になって浴槽へと戻る。

それをぼんやりと見つめていると、ぱきりという聞き慣れない音が聞こえた。

(........?)

何の音かと思って辺りを見回す....が、特に変わった事は無い。


ぱきり、ぱきり


今度は先程より大きい音だ。随分近くで聞こえる。


.....近く?私の周りには水しか無いのに.....

ふとあり得ない可能性が頭をよぎった。

水の溜まっている傷痕を胸の辺りから腕にかけて震える指先でなぞってみる。

そして、前腕部の内側に指が至った時、再びぱきりという音がして.....傷痕が、ひび割れた。


(..........そんな)


あの夢と....同じ様に.....。


更に追い討ちをかける様に、ばきんというひと際大きな音がした。

遂に触れていた箇所の傷痕から体が小さく欠けて、浴槽にぽちゃりと沈んでいったのだ。


(嘘......)


激しい動揺がアルマを襲う。

吐き気が、目眩が......。


(....もうすぐトロスト区の実習訓練....長い準備期間の末の決行日.....失敗は許されないのに....)

けれど、恐らくこの体は最早巨人化に耐えられない.....!

(このひび割れ....恐らく硬化能力のバグの一種だろう....)

固過ぎるダイヤモンドの破壊靱性が決して高くない様に...細かいひとつの傷が原因で...

(やはり私は不完全な....出来損ないだ....)



浴室にはアルマの荒い息が響いていた。


(何か手はある筈.....)

彼女は体勢を立て直すと、立ち尽くしていた浴槽の中からざぶんと抜け出し、呼吸を整える。

(まだ諦めてはいけない....)

そうして再び顔を上げた時には、もういつもの石の様な固い表情に戻っていた。



「ベルトルト、あがるわ。ご苦労様」

『.....分かった。』

「もう戻って大丈夫よ。」

『いや、いいよ。....外で待ってる。』

「......そう。」






服を着て外に出ると、言葉の通り彼が待っていてくれた。

しばらく二人は無言で見つめ合っていたが、やがてベルトルトはそっとアルマの体を抱き締めた。

彼女も目を閉じてその抱擁を甘受する。

「貴方は本当に昔から....変わらずに優しいわね」

「.....そんな事ないよ。ただ、姉さんが好きだから....」

「私は....そんな価値のある人間じゃないわ...。」

「価値なんて....良いんだよ....。そんなの....。」

「...ありがとう」

アルマもそろりと弟の体に腕を回し、胸に顔を寄せた。風呂上がり独特の清潔な匂いがふわりと香る。


「本当に....ありがとう....」


胸の中で呟いたその言葉は静まり返った廊下でしっとりと響き、いつまでも耳に残っていた.....


 

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