最後の星が消えるまで | ナノ


▼ エレンと暗くて冷たい夜

「くっ.....!!」

エレンは限界まで背筋を伸ばし、つま先立ちをして頭上の棚に収まった木箱を取ろうとしていた。

「クソ....!あとちょっとで届きそうなのに....!!」

足はぷるぷると震え始めてしまうし、背骨は痛い。

踏み台になりそうなものを探すが周囲には無く、どうにかして自力で取り出すしか無いようである。

「教官も...オレより背が高い奴に頼めよな....!」

....あ、手が付いた...!よし、このまま....と思ったが、足が限界を迎えたのかバランスを崩してしまう。


(やべ.....)


固い地面の衝撃に備えて受け身の姿勢を取るが、体を包み込んだのは温かく柔らかい...まるで人間の様なものだった。


「え......?」

「....危なかったわね....」

自分を支えていた人物に目を向ける。.....あーっと、あの影が薄い姉弟の姉の方だ。

「えっと、ごめん、お前は.....ベルト....までは覚えてるんだけれど...わ、忘れたわけじゃないんだぞ」

「それは弟。私はアルマよ。」

.....すいません.....。

「貴方が遅いから...教官に頼まれてここまで来たのよ。手伝うわ。どれを取り出せばいいの」

「あ、あぁ....あの、一番上の棚の木箱なんだけど、届くか?」

「あれね....。多分大丈夫よ」

そうして事も無げにひょいと目当ての箱を取り上げる。何と言うか、本当にこいつら姉弟はそつが無いよな....





「背が高いと良いよなぁ、こういう時に」

木箱を持つ彼女に、隣に並びながら話しかける。

「弟の方が大きいけれどね」

「確かに....あそこまでデカくてもなあ...色々大変そうだよな....」

「....よく家の天井の梁に頭をぶつけていたわ」

「......痛そうだな」

「そうね、きっと痛いわ」

「...........。」

「...........。」

「....でもお前も女にしちゃデカいよな、やっぱ」

「ライナーやベルトルトにいつも囲まれているからあまりそういう気はしないわ」

「...........。」

「...........。」

「あの.....」

「エレンは」

エレンが無表情なアルマとの会話に息苦しさを感じ始めた時、向こうから声をかけられる。

「.....調査兵団に入りたいのよね....」

「....あぁ。」

「珍しい人ね。死にに行く様なものじゃない.....。」

アルマの目線は全くエレンの方に向けられず、ただ前を見つめている。

「シガンシナの惨劇をその目で見てもなお....壁の外に出たい?」

「......あぁ。その為にここにいる。」

「そう。やはり、貴方は思った通りの人だわ。」

「.......どういう意味だ?」

「言葉のままよ。」


それきりアルマは黙り込んでしまい、エレンは石の様に冷たい彼女の横顔を前に何も話しかけられなくなってしまった。

....彼女は特にそれを気にした様子も無く無言で歩き続ける.....。







「あいつさぁ、本当に人間なのか?」

夕飯時、エレンがアルミンに尋ねる。視線の先には昼間言葉を交わしたアルマの姿があった。

彼女はライナーとベルトルトと向かい合って座っている。
背筋を伸ばして食事を摂る姿は機械的で、相変わらずその表情は人間の体温を感じさせない。

「.....と、言うと?」
アルミンが不思議そうに聞き返す。

「なんかさあ....昼間アルマと初めて話したけど....人と会話した感じがしねえんだよ....
本当は背中にぜんまいでも付いてんじゃねえの?」

「.....多分それは無いよ」

「心配そうな目でオレを見るなって....そんな事は分かってるんだよ...」

「エレン。あの女に興味があるの」
ミカサがそれに口を挟む。

「違うって。怖い顔すんなよ...。ちょっと気になっただけだって...」

視線をもう一度彼女に戻すと、ベルトルトと何か言葉を交わしている。

.....弟と話す時さえ石の様に固い表情のままだ。


「......なんか気味悪い奴.....」

エレンの呟きは食堂の喧噪に飲まれて消えていった。








夜、水を飲む為に食堂へ向かう。皆が寝静まり、廊下は静寂に包まれていた。


(ん.....?)


ふと、視界の端を動くものが霞めた。

何かと思い、窓から外を覗く。触れた窓ガラスは氷の様に冷たかった。


(あいつ.....)


アルマだった。アルマが....寒空の下、一人で外を歩いている。

黒い髪から覗く顔は能面の様に無表情で、その白さが暗闇の中で浮かんでいる様だ。


........不気味だった。

だが.....何故だか彼女を放っておけない。そう思えて仕方が無かった。

自然と足はふらふらと玄関へと向かう。


行って、何をすれば良い?何を話せば良い?

そういう事はよく分からない。

それでも彼女から発生する強力な重力に逆らう事ができなかった....







「アルマ」

エレンがそう声をかけると、彼女はこちらを向く。

その瞳は光を失ってしまった星の様に真っ黒で、凄まじい重力を放っていた。


「......最近夜の訪問者が多いわ....」

アルマはぽつりとそう零す。

「え....それはどういう...」

「何でも無いわよ...。」

彼女はそう言いながらエレンの肩に自分の体を覆わせていた濃紺のストールをそっとかけてきた。

「え....あの....これは....」

「冷えるから巻いていなさい」

「でも....アルマは...」

「私は寒さに強いの。」


しばらく二人は無言で空を見つめた。光る物はひとつも無く、まるで世界中から輝きが失われた様に思える。

ストールは優しく、少し甘い匂いがする。....これが、アルマの匂いなのだろう。


彼女は....用事は何?とか....一人にして頂戴。とか....そういう事も何も言わずに、ただ隣で白い息を吐きながら夜空を見ている.....。



「アルマ」

「何かしら」

「あのさ、今日の昼にオレの事....思った通りの人って言っていたじゃないか....」

「そうね」

「....どういう意味なんだ?」

それを聞くと、アルマは少し考える様に目を閉じた。そしてゆっくりと再び瞳をこちらに向ける。.....相変わらず黒くて暗い。


「.....人には....果たすべき勤めがあるわ」

静かに白い水蒸気と共に言葉たちが吐き出される。

「貴方は....自分の勤めが何だかもう分かっている....。
そして、それをやり遂げる為の才能もあるし....何より努力を惜しまない.....。」

彼女はオレから目を逸らして遠くに茂る暗い森をぼんやりと見た。

「恵まれた人間だと思ったのよ。ただ、それだけ....」

「恵まれた?オレが....?」

「そうよ」

「よく、分からねえな.....」

「持っている人間は....自分ではそれに気付かないものだわ」

彼女は白い息を細く吐いて目を伏せた。黒々と茂った睫毛が目元に深い影を落とす。

「....でもエレン、私は貴方の様に勤めを全うする為の意思と力がある人間を尊敬しているわ.....。
私の弟もそう。大事な友人も同じ様に.......。」


その言葉の後で、アルマが何かを小さく小さく呟く。

....それは、耳に届く前に白い水蒸気に変わって夜の闇に溶けてしまい、聞き取る事は出来なかった。


「....オレ、そろそろ帰るよ。これ、ありがとな」

そう言ってストールを渡そうとするが、彼女は受け取りを拒否する。

「宿舎まで着けて行きなさい....。明日返してくれれば良いわ」

「え....でも....寒いだろ?」

「私は寒さに強いの。さっきも言ったでしょう....」

おやすみなさい、エレン。と一言呟いてアルマは再び遠くの空に視線を戻す。


.....これ以上ここにいても仕様が無いと思ったエレンは、「おやすみ。アルマ」と同じ様にそっと呟き、宿舎への道を辿り始めるのだった。


体にもう一度巻き付け直したストールからは、いつまでも柔らかで懐かしい匂いが香っていた。



紺青色の雲がその輪郭をぼんやりと光らせて流れていく。

彼女は一体、この空に何を見ているのだろうか....。



 

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