最後の星が消えるまで | ナノ


▼ アニと曇り空の夜

「.......!!」



早朝、姉さんの声にならない叫び声の少し後に鈍い音が部屋に響いた。

恐らく.....いつもの如く彼女がベットから床に転げ落ちたのだろう。


「あははアルマ、何回目ですかそれ!寝相悪過ぎですよ」

サシャが姉さんを指差して大爆笑している。

結構派手に床に打ち付けられたにも関わらず、彼女は表情を全く変えずに起き上がった。

「....ごめんなさい。うるさくしてしまったわね.....」

「謝らなくても平気ですよ。アルマは変な所で抜けてるんですから。空飛ぶ夢でも見たんですか?」

「........。」

サシャの質問に、姉さんは黙り込んでしまう。

「.......よく、覚えていないわ.....。」

その後、微かな声でそう呟く。

「まあ夢なんてそんな物ですよねえ。私も食べ物の夢以外は覚えてられません。」

「お前みたいな芋女とアルマを一緒にすんなよ」

「でも最近落ちる頻度多くなってきたよね...。大丈夫?」

「.....気にしないで...。少し夢見が悪いだけよ....。」

姉さんは朝から賑やかな彼女たちの方を一瞥すると、手早く着替えをまとめ始める。

彼女はこの部屋では着替えをしない。

恐らくどこか....誰も人が来ない場所で、ひっそりとその肌を晒すのだろう。


「騒がせて悪かったわ。....また後で」


それだけ言い残して姉さんは部屋をあとにした。


しかし私は.....彼女の額に軽く滲んでいた冷や汗を見逃さなかった。

あの日から...姉さんはずっとよく眠れていない様だ。目の下には青白い隈もできてしまっている。

......恐らく夢見が悪いというのは本当なのだろう。ひどく、悪い夢を見ている様だ....。



「ねえアニ.....」

寝起きのクリスタがぼんやりとしながら話しかけて来る。

「アルマは.....何で着替えをここでしないのかな.....。」

素朴な疑問の様だが、それは私の内心をどきりとざわつかせた。

「私が知る訳ないだろ....。」

無愛想にそう言うと、クリスタはしゅんとして項垂れてしまった。

私はそんな彼女を尻目にさっさと朝食の為に部屋を去る事にした。







「最近楽しそうね。」

朝食を摂っていると、姉さんが隣に座りながら話しかけて来た。

「別に....」

興味が無さそうにそう答える。

「そう.....。隠しても分かるわよ。」

私の威圧する様な雰囲気を物ともせずに彼女はスプーンを持ち、スープを口に運ぶ。

背筋を伸ばし、一滴もその中身を落とさずに食事をする姿はいつ見ても凛として美しい。

私は姉さんの優雅な立ち振る舞いや仕草のひとつひとつがとても好きだ。

昔は随分憧れて真似をしたものだけれど、やはりそれは見様見真似で身に付く物ではないらしい。

以前と違って最近はどうも素直になれずに邪見な態度を取ってしまう事が増えたが、それでも姉さんは変わらずに接してくれる。

分かりやすいとは言えないけれど、彼女がとても自分を大事に思っていてくれることは、長い付き合いでなんとなく察する事が出来た。


不器用で、優しい姉さん.....。何故貴方だけが.....


「あの男の子と話してからね。アニが楽しそうにする様になったのは....」

姉さんの視線の先には金の瞳をした少年。

いつもの友人二人と一緒に朗らかに笑いながら食事を摂っている。

「だから何....」

またしても邪見な態度を取ってしまう....。

「別に....。貴方の交友関係をどうこう言うつもりは無いわ。」

姉さんは目を伏せてスープの最後の一掬いを口に運んだ。

「ただ、貴方が楽しそうだと私も嬉しいわ。それだけよ.....。....お邪魔したわね。」

そうして眉ひとつ動かさずに彼女は席を立つ。
全く音をさせずに食器を運んで行く姿は見事としか言いようが無かった。







その日の夜は随分冷え込んだ。

就寝時間となり、皆自分の布団に戻っていくのに姉さんだけはいつまでも帰って来なかった。

「アルマ、どうしたんでしょうね.....」

サシャが眠そうに目を擦りながら呟いた。

「クソにしちゃ長いな....まあ放っておけば帰って来るって」

「ユミル.....下品....。」

「......探して来るよ....。」

上着を一枚羽織って私は立ち上がった。


どうしてこうも姉さんの事になると居ても立っても居られないのだろう.....。

頼っては行けないと自分に強く言い聞かせるあまり、拒否する様な態度を取る様になってしまってもなお....

貴方は、どうしようもなく私たちの姉さんなのだ.....。







寒空の下、細く白い息を吐きながら姉さんは空を見上げていた。

「姉さん....」

そう呟くと彼女はちらりとこちらに視線を向けて大判のストールを体に巻き直した。

「貴方に....そう呼んでもらうのはいつぶりかしら」

「.........。」

「そう.....。もう就寝時間を回っていたの....。早く帰らなくてはいけないわね」

しかし姉さんがそこから動く気配は無い。

「何を.....見ているの....」

かじかむ手を握りしめながら彼女に問う。

「星を.....。流星群が、今日来る筈なのよ。でも曇っていてさっぱりね」

灰色の空を見上げながら呟く横顔は、この寒空と同じ様に全く温度を感じさせなかった。

「流れ星は、消える時に何を思うのかしらね....」

姉さんが自分のストールを脱いで私に着せて来る。ふわりと彼女の匂いがした。

「まして、こんな風に最後の輝きすら満足に発する事ができない場合は....」

「..........。」

「.....帰りましょうアニ。貴方に風邪を引かせてしまうわ。」

そう言って姉さんは私の手を引く。その冷たい体温にどきりとした。

ストールを脱いだ彼女の黒いカーディガンは夜の闇に溶け込み、白い顔ときっちりとした襟だけがそこに浮かんでいる様で少し不気味だった。

それでも、私の手を引いてゆっくりと歩く姉さんの背中は、今も昔も変わらず優しく、温かそうに、私の目には映る.....。


曇った空の隙間から、一瞬だけ....一筋の光が見えた気がした.....。



 


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