最後の星が消えるまで | ナノ


▼ ベルトルトとクレープ 後編

「これ、どうやって食べるの」


ふと....アルマがベルトルトから受け取ったクレープを眺めながら尋ねる。思わずベルトルトはずっこけそうになった。



「どうするって....普通にかじるんだよ。」


「そ、そうね。その通りだわ。」


「......まあ僕らは田舎者だからね。大丈夫だよ、分からなくても仕方無い。」


「うん。......」


.......恥ずかしがっている。姉さんが。凄い可愛かった。



彼女は繁々と綺麗に作られたクレープを眺めていたが、意を決した様にそれを口に運ぶ。


「食べにくいわね」


.....初クレープの感想としてはあんまりじゃなかろうか。



そして咀嚼を終え、嚥下をした後.....アルマは「あまい.....」と小さく呟いた。


そりゃあそうだろう。辛かったら大変だ。



「.....無理しなくて大丈夫だよ。なんなら僕が食べてあげるから.....」


気を遣ってベルトルトが声をかけるが、アルマは全く持って無反応である。


訝しげに思って顔を覗き込めば、その昏々とした瞳の中には澄んだ色をした火が灯っていた。


「....生きていて良かった.....」


......大袈裟過ぎだろ。



「まさかこんなに素晴らしい...素敵な....全ての食物の頂点に立つものがそんざいするとは.....」


落ち着け。



「ねえさ、....アルマ。」


我に返ってもらおうと声をかける。それに従い、アルマはベルトルトの方を見上げた。


いつもより幼い表情に、穏やかな気持ちになる。



.......そういえば姉さんは....故郷にいた時はもっとぼんやりとした、あどけない感じだった。今みたいに。


戦士として、僕らの姉としての役割を要求される様になって....そして体の欠陥が見つかって....それからなんだ。彼女が異様に大人びたのは。



「......アルマ。」


ふと、アルマが自分の名を呟く。



「良い名前ね。」


一言だけ零すと、また彼女はクレープを口に運ぶ。


.....相も変わらず表情に変化が無いので...いまいち感情を読み取れないが、機嫌は...良い、のか?




しばらく、二人は無言で広場の中心に据えてある噴水を眺めていた。



先に食べ終えたベルトルトは何となくアルマに視線を送る。


彼女もまたベルトルトへと視線を返した。

それから首を傾げて何かを考える様にした後、「.....少しだけよ」と言って食べかけのクレープを差し出してくる。違う。そうじゃない。.....中々魅力的な提案ではあるけれど。


「大丈夫だよ。アルマが全部食べると良い。」

優しく返せば、アルマは頬をほんの少しだけ染めて喜びを表す。.....こうして見ると、彼女も年相応に見えた。



「私、こんなに幸せなの.....生まれて初めてよ」


ようやくクレープを食べ終えたアルマが零す。


「そんなに美味しかった?」

苦笑しながらそう返せば、彼女はこくりと首を縦に振った後、ベルトルトの目を真っ直ぐに見つめた。先程の火は消えていたが、とても綺麗な瞳だと思う。......僕と、同じ色の。


「それに、貴方が私の名前を呼んでくれるもの」


静かな声で告げると、アルマは少しだけ目を伏せた。


.......何か、言おうとしている。けれど、彼女はそれを飲み込んで、もう一度こちらを見上げた。


「今は姉さんじゃなくて、ただのアルマよ。」


飲み込んだ言葉が何だったのか....ベルトルトには、少しだけ理解できた。だから掌を握って、それを分かち合おうとする。


「貴方だってただのベルトルトだわ。それ以上でもそれ以下でも無い。」


「うん....僕はベルトルトで、君はアルマだ。」


「そう....、そうなのよ。」


真っ黒な髪を撫でてやる。アルマは「....何するの」と呟いた。


「姉さんじゃないんだから。これ位良いよね?」


「.....良いけれど。少し恥ずかしいわ。人がいるもの。」


「じゃあ、やめる?」


「ううん.....、続けて頂戴。」


それだけ言って、アルマは目を閉じた。.....とても安らかな顔をしている。


ベルトルトもまた、穏やかに笑って髪をそっと梳き続けた。




........いつか、来る。きっと来る。


兵士でも戦士でもなくなる日が。



可愛い、ただのアルマに戻れる日が....来るからね。





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