▼ ベルトルトとクレープ 前編
「あ、クレープだ。食べて行こうよ!」
「そんなの食べて、太るよー」
「そういう事言わないでよ...」
「まあ良いじゃない。私苺のにしようかなあ」
「えー、苺は私が食べたかったのにー」
(........。)
数人の可愛らしい女子の会話に...私は本を読みながら耳を澄ましていた。
普段、本を読む時は周りの音等一切気にならないのに...どういう事だろうか。
街の広場といういつもあまり訪れない場所の所為?.....いや、.....
.......女の子の友達。
数少なくはあるが、いない事は無かった。
本ばかり読んでいて、面白い話ひとつ出来ない自分に...彼女たちはいつも優しくしてくれて...
頭の中にぼんやりと顔が浮かんでくる。
......元気に、しているだろうか......
そういえば、あの子たちも甘いものが好きだった。....自分も、嫌いでは無い。
一緒に食べるのは木になっている実ばかりだったから...こんなにも砂糖をふんだんに使った菓子を見たら、目を回すかも知れない。
「........あの、お客様......?」
ふと、女性の声で我に返る。
「..............。」
無言でその方を見ると、何故か息を呑まれた。
まあ...自分はそこまで愛想が良い方とは言えないので、これは仕方の無い事か.....
「な、何か....ご注文でしょうか......」
その言葉で、初めて自分が小さなクレープ屋...及び店頭の女性を凝視していた事に気付いた。
.......いけない。気付かない内にこんな場所にまで移動していたなんて。
と、同時にお腹がもの悲しい音を奏でる。
......まあ、何だ。単純に、私はお腹がすいていた。
「ふっ」
店頭の女性が小さく吹き出す。どうやら緊張が解れたらしい。
「........ごめんなさい、恥ずかしいわ」
いつもの抑揚の無い声でそう言えば、彼女は遂に声を上げて笑い出してしまった。
.......私、何かしたかしら。
「いえ、あの.....とても落ち着いてそうな方なので、何だか意外だったというか....凄く面白かったというか....」
「いくら落ち着いていても、お腹くらい鳴るわ....」
「そ、それは勿論なのですが、ひふっ」
また....笑い出してしまった。笑い上戸な様だ。
.........とりあえず、彼女が笑い終えるのを待つ事にする。ぼんやりとそこに佇むと、陽気な街の喧噪が耳に入ってきた。
そこには、いつも感じる孤独な響きは無い。.....何故だか。
「.....ごめんなさい、笑っちゃっ.....っふ」
未だに笑いながらも彼女は言葉を紡ぐ。「.....ゆっくりで良いわよ」と言えば、深呼吸を数回して、ようやく落ち着きを取り戻した。
「本当にごめんなさい....。ここまで笑うつもりはなかったんです....」
「私もここまで笑われるなんて意外だったわ。......中々面白かったわ。鳴らしてみるものね、お腹。」
「ちょっと!また笑いそうになるから止めて下さい!!」
「そう....ごめんなさいね」
女性店員はもうひとつ呼吸をして、今一度私に向き直る。同郷の子以外とこんなに楽しげに会話するのは初めてだった。
「.....お詫びに、何かひとつ奢らせてもらっても良いですか?」
........彼女のその言葉に、私の心の中で何かの火が灯る。
「良いの.....?」
「え、ええ。」
「.....貴方、素敵な人ね。」
「え?」
頭上に疑問符を浮かべている彼女に向かって手を差し伸べると、条件反射だろうか、それを握り返して来た。
無言の握手。(何だこれ)という彼女の心の声が聞こえた。
「........お金は払うから、それふたつ下さい」
ふと...私の後ろから聞き覚えのある声がする。
女性店員は彼にあわせてだろうか、見上げる様に首の角度を変えた。
「ベルトルト.....」
私の隣に並んだ弟...兼恋人の名を呼ぶ。
彼は穏やかに笑いながら「お待たせ」と言った。
「お二人共大きいですね。顔も似ているし、ご姉弟ですか?」
女性店員は注文を取りながら尋ねてくる。
「......恋人です。」
すかさずベルトルトが答えた。.....その大きな手が私の掌を捕まえる様に握る。胸の内に、先程とは違った種類の火が灯るのを感じた。
「ああ、そうですか!好き合う二人は顔が似るって言いますもんね。」
にこやかに....何の疑いも抱かずにそう言う彼女を見て、嬉しさのあまり彼の掌を強く握り返す。
.....そうだ、ここには私たちを知る人はいない。大手を振って、愛し合う事ができるのだ。
ベルトルトが出来上がったクレープを受け取っている。不似合いな組み合わせに淡い笑みが漏れた。
お幸せに、と言う彼女に小さく礼をして、私たちは歩き出した。
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