最後の星が消えるまで | ナノ


▼ ベルトルトと雨の夜 後編

しばらくして姉さんがまた部屋に現れた。

訪れた理由は大体分かっていたがどうしたの、と目で尋ねる。

彼女は何かを考える様に少しの間僕を見つめ、それから小さな声で「本を....」と言った。

「そこにあるよ」
と机の上を顎で差す。姉さんはそれに従って部屋の奥へと歩き、深緑の本を手にした。

それの中身を確かめる様にぱらぱらと捲り、一通り目を通すとゆっくりと顔を上げて僕の事を見る。

「......どうしたの?」
何処かいつもと違う様を不思議に思って尋ねた。

姉さんは僕から床板へと視線を落とし、そのまま黙り込んでしまう。

僕もそれに付き合う様に口を閉ざした。しばらく部屋の中には雨の音だけが響く。

「.......い」

雨音に混じって確かに姉さんの声が僕の耳に届いた。

全神経を集中させてそれに耳を傾けるが、とても小さな声だった為に内容を理解する事はできない。

もう一度聞こうと傍に近寄ると、姉さんは顔を上げて僕の事を見た。

その目は熱と憂いを含んでいて、悩ましげに寄せられた眉が儚い印象を与える。
それから躊躇う様にゆっくりと口を開いた。

「もう少し.....傍に、居て良いかしら」

先程よりも大きめな....しかしまだ微かな声である。それはしっかりと僕の耳に聞き届けられた。

姉さんは不安げに僕を見つめている。

ああ....そんな目をしなくても良いのに....僕が、その頼みを断る訳無いじゃないか.....

答えの変わりにその体をそっと抱きすくめて髪を撫でる。まだしっとりと濡れた髪からは甘い匂いがした。

今日の姉さんはすごく可愛い。どこか頼りない様の彼女を安心させる様に抱き締める力を強くし、頬に口付けた。

それから首筋と胸元にも。

姉さんは.....未だに詰め襟の服をよく着る。それしか持っていないのとまだ皮膚を人に見せる事に抵抗がある様だ。

でも、僕と二人の時だけ....時たま襟が開いたものを着る事がある....。

それが心を許されている証だと分かるから...僕もそれに応える様にもっと、もっと.....愛してあげよう....。


彼女の匂いを充分に肺の中に取り込み、満足した僕は体を離す。

最後にもう一度頬に唇を落とすと、僕は元居たベッドにゆっくりと戻って行った。

「あ....」

しかし背後で小さな声が上がる。

振り向くと姉さんが呼び止める様に手を伸ばしていたが、目が合うとハッとしてそれを下ろしてしまう。

「........何か、用?」
できるだけ優しく尋ねると、姉さんは再び眉を寄せてく口を噤んだ。このもどかしいやり取りも今はひどく幸福に感じる。

「........傍に.....隣にいても、良い?」

本を胸元でぎゅっと抱いてこちらを見つめる瞳はやはり不安そうだ。

僕は可愛い姉さんが愛しくて仕方無く、もう一度抱き締めると今度は唇にキスをする。

少し驚いた様に彼女の体が震えたが、構う事無いだろう。もう許可は必要無いのだから。

唇を離し、そのまま肩を抱いて僕が腰掛けていた壁際のベッドへと向かった。

先程と同じ様に腰掛けてざらついた壁に寄りかかると、腕の辺りに心地よい重みがかかる。

僕に寄りかかる姉さんの髪をそっと撫でるとようやく安心した様に目を閉じた。

それから僕の腕に恐る恐る手をかけ、少し躊躇った後弱々しい力でそれを抱く。

僕の視線からだと、丁度V字に切り取られた姉さんの白い胸元と柔らかな谷間の始まりを見る事ができ、大変精神衛生上よろしく無い。

ベッドに投げ出された長いスカートの裾から覗く白い足もまた、いつも几帳面に肌を隠す姉さんの姿とはほど遠いもので、それは僕に静かな高揚を齎した。


......しばらく、姉さんは僕の腕を抱いて静かに目を閉じていた。

常に本を読んでいる徹底した書痴ぶりも今日は発揮されず、きっちりと閉じられた深緑の本は机の上に置かれたままだった。


「........今日は、どうしたの」

白い胸元から目を引き剥がして僕は尋ねる。明らかに姉さんの様子はおかしかった。

「ごめんなさい.....。」
理由は答えず彼女はただ謝る。

「.....僕は構わないけど....。姉さんの様子がいつもと違うから...少し、心配かな.....。」

僕の言葉に姉さんは眉をひそめた。それからゆっくりゆっくり息を吐く。

「......私、本はわざと忘れたのよ.....」

ぽつり、と彼女は零した。それから体を僕の腕から離してひたりと瞳を見つめて来る。

「........雨が降ると、昔から駄目なのよ......。
初めて、人を食らった日も雨が降っていたわ....。もう...何年も、雨の日は不安で....でも、今まではそれに耐える事ができた。一人でも生きていける様に、強くならないといけないから.....。そう思って、ずっと....」

姉さんはベッドの上に座り直し、膝の上でぎゅっとスカートを握った。

「でも今は....貴方がどれだけ優しいか知ってしまったから.....もう、駄目なのよ....。」

片手を目に当てて微かに首を振る。ひどく苦しそうだ。

「私は貴方に甘えたかったの.....。けど、どうすれば良いか分からなかった。
だからこんな馬鹿みたいな事を.....。ごめんなさい。私はやっぱり貴方に迷惑をかけてばかりだわ....。」

「.............。」
僕は、ショックを受けていた。

僕の隣で体を固くしている姉さんを強く自分の方へ寄せ、腕の中に閉じ込める。

抱き締める力はいつもより随分と強い。痛いくらいだろう。でも緩めない。何故なら僕は怒っているから。


「......まだ、そんな事を言うの?」

姉さんの口から「......え」という声が漏れる。

「迷惑とか悪いとか....何でそうやって僕を遠ざけようとするの?僕はそういうのが一番嫌なんだ...!!」

体を離して肩を掴む。困惑を宿した黒い瞳と目が合った。

「僕たちは同じものだって確認し合ったじゃないか...。僕は姉さんの為なら何でもあげれる。血とか肉とかそういうものだって惜しく無いんだ....!!何でそれを分かってくれないの...!?」

呆然とした彼女の表情が小さく歪み、目が伏せられる。肩は微かに震えていた。

「姉さんを決して一人にはしない。僕が、ずっとずっと傍に居るから....。」

するりとどんなものより透き通った涙が姉さんの瞳から一筋零れる。

「......貴方、本当に、なんて........」

熱い溜め息が口から漏れ、それから先は言葉にならない。

「泣かないで....。気の済むまで僕を使えば良い。何でも望み通りにするよ」

姉さんはもう一度僕の事を見上げる。その瞳には艶やかな光がいくつも映り込んでいた。

僕の方に手をそろりと伸ばすと、首を少し傾げる。

「........ぎゅっと、して?」

そう言って彼女はほんの僅かな笑顔を零した。


.......しばらく、時が止まった様な感覚を覚えていた。

こんな事......夢じゃ、ないのか?

でも、夢じゃない。姉さんは確かに僕の傍にいて......腕を伸ばすと届き、ああ、柔らかくて温かい。

.....こんなにも人を激しく愛せる事が果たしてこの先あるのだろうか。いや無い。何度生まれ変わっても姉さん程愛しい人には巡り会えないだろう。

加減もできず強く強く抱き締め、そのままゆっくりとベッドへと二人で沈み込む。

深く口付けるとやはり彼女は驚いた様に身を強張らせた。

姉さんの髪から、体から、唇から甘い匂いが立ち上っている。それが堪らなく心をざわつかせた。

口の端から唾液が零れる程の激しいキスの後の姉さんの頬は微かに赤く色付いていた。

僕の服をぎゅっと掴み潤んだ瞳を伏せる様は弱々しく、それが更に劣情を煽る。


「........もう、許可はいらないんだよね.....?」

確認する様に尋ねると、姉さんはゆっくりとこちらを向いて「.....そうよ」と言った。

「僕が、したい事をして良いんだよね.......?」

しっかりと目が合った状態で頬を包み込む。ほんのりと濡れたそれは柔らかかった。

「.......そうよ」

もう一度短い答えが返って来る。

「.........でも、やっぱり許可は取るよ.....。姉さんの口から、僕への許しを聞きたいから....。」

少しの間僕らはじっと見つめ合った。姉さんはほんの少しだけ笑ってくれている。それを見て、安心した。もう、僕らは同じものだ。あれ程望んだ....同じ場所にいる。

「ねえ、ベルトルト.....。」

頬を包む僕の手に姉さんの細長い指が重なる。風呂上がりなのに随分とひんやりしている。

「一人にしない......。その言葉を、私は....ずっと誰かに言って欲しくて.....」

目を伏せて囁く様に言う姉さんを僕はただ見つめていた。僕と似ている.....けどやはり違う、その顔を....

「ありがとう.....。私の弟でいてくれてありがとう.....。貴方の事を本当に愛しているわ...。私だって血も肉も....命さえ差し出す事ができる。......私の全部は、貴方のものよ.....。」

愛している、と姉さんはもう一度繰り返す。そして僕の体にゆっくりと腕を回した。

ふと、昔の記憶が蘇る。彼女よりまだ背が低かった頃、よくこうして抱き締めてもらったんだ.....。

不器用だけど優しくて...いつでも僕を大切にしてくれた....大好きな姉さん....。

ああ.....僕は、あの女の子と......こうなってしまったんだ.....。


そっと体の向きを変えて彼女に覆い被さる様に抱き締め返し、指を絡ませ合い、握って繋ぐ。

唇を重ねても、もう彼女は驚かなかった。許可はいらないのだ。僕らの間には何の隔たりも無い。


しっとりとした雨音が部屋を覆い尽くす。

外では、幾億の雨粒が闇に溶ける様に消えていっているのだろう....



たらこ様のリクエストより
戸惑いながらも甘えたい気持ちを爆発させる姉さんで書かせて頂きました。




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