▼ ベルトルトと最後の星が消えるまで
「......姉さん。大丈夫。僕は絶対に姉さんを置いて行ったりしない。」
艶やかな黒髪を優しく撫でながら、安心させる様に言う。
「......嘘。貴方だって所詮他人でしょう....。いつか私の前から居なくなる時が来るわ....」
二人の体が触れ合う所が微かな熱を持っている。
こんなに弱く頼りない姉さんを見るのは初めてで、守ってあげないと、という使命感が強く湧き起こった。
「......他人じゃないよ。姉弟だ。それに僕は...姉さんを愛している。」
姉さんは僕の胸から顔を上げてこちらを見つめて来る。
困惑の色を浮かべながらも、子供の様に透き通った....綺麗な瞳だった。僕と、同じ色をした.....
「......許されないだろうね。何も残せない。....でも、構わない。
姉さんの隣にいるのは、僕じゃないと嫌なんだ。」
抱き締めていた手を離し、彼女の片手を両手で包み込む。その温もりに、ようやく触れ合えたのだと理解した。
「僕が貴方を故郷に連れて帰る。例え最後の一欠片になっても、僕は姉さんを愛し抜く自信がある。」
姉さんはゆっくりと瞳を閉じた。そして、一雫だけ涙を零す。
「.......貴方は、昔からずっと変わらない....優しい子ね。」
「違うよ....。ただ、姉さんが好きなだけ....」
「.....それでいて、本当に馬鹿な子だわ....。」
「.....でも、そんな僕が好きなんだろう?」
「えぇ。......大好きよ。」
「うん......。」
「.......愛しているわ。」
「.......知ってるよ。」
「ベルトルト」
「なに?」
「.......ごめんなさい。本当に、ごめんなさい.....。」
「.....許さないよ。」
「そう.....。」
「僕は姉さんを許さない。姉さんは、一生僕の傍で罪を償う義務がある。」
「えぇ、そうね.....。」
そう答えながら姉さんは再び濡れた黒い瞳を開き、小さく息を吐いた。
空が濃紺から藤色へと変化し、東の方から夜がほのぼのと明けかかってくる。
天地は風が木立を通り過ぎる他は、寂々として音が無かった。
僕の中にふとある考えが浮かび、姉さんの首元の釦を外す。
ひとつ、ふたつ、みっつ.....。彼女は、黙ってその様子を見ていた。
「........無い。」
外気に晒されたその肌に触れる。そこにはもう、傷痕もひび割れも無かった。
陶器の様な白い肌が、黒い服の中で静かに上下しているだけである。
姉さんは戸惑う様にそこに触れた。そして、自分の左手へと視線をやる。
「........有る。」
姉さんにはちゃんと両手があった。
それを見て、彼女は深い深い溜め息を吐いた。
「皮肉なものだわ.....。貴方の言葉を信じて、最後の一欠片になっても傍にいると誓ったというのに.....」
その左手をそっと握ってやる。柔らかくて、温かい。
良かった。.....姉さんはここにいる。
「......結局、必要なのは意思の力だったのね.....。私はいつも肝心な所で弱くて、逃げてばかりだった.....」
馬鹿なのは私だわ.....。と姉さんは零した。
「姉さん、僕たちは、ずっと一緒だよね....?」
囁く様に尋ねる。もう、答えは分かっていた。
「えぇ.....。ずっと一緒にいるわ。」
姉さんは優しく笑う。白い首筋を風が優しく撫でて行った。
幸せだった。だから、その両頬を包み込んで優しくキスを落とす。
彼女は柔らかく笑いながらそれを受け入れてくれた。
僕たちはようやく今、同じものになれたのだ―――
それから二人でしばらくの間、並んで明けゆく空を見つめていた。
その日最後の星が霞んで見えなくなるまでただずっと黙って―――
白い光が次第に辺りの闇を追い退け、遠くの山には茜の幕がわたり、遠近の渓間からは朝雲の狼煙が立ち昇ってくる。
全てのものが暁の中へと輪郭を失って溶け出し、優しい夜の壁が次々と崩されて行く......
光の中で、ひとつずつ....罪を、過ちを、共に犯していこう。
そして、いつか訪れる終わりの時もどうか貴方の隣で―――
「最後の星が消えるまで」end
お付き合い下さり、ありがとうございました。
貝201312
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