▼ エレンと三日月の夜
「.....エレン」
「アルマ.....?」
壁外調査まで一週間を切ったある夜、古城近くの草原でエレンとアルマの二人は出会った。
「どうして.....お前がここに....」
「夜の散歩よ....。貴方は何故ここに。リヴァイ兵長の監視下に置かれている筈では」
「日光が当たらない夜は監視が割と緩いんだ....。少し....眠れなかっただけだよ....」
「そう.....。」
アルマは鋭利な三日月を背負いながら目を細め、古城の外壁だったらしい瓦礫に腰掛けていたエレンの隣にするりと歩み寄る。
「.......大丈夫?」
彼女の冷たい手がエレンの頬に触れた。その低い温度に思わず身震いする。
「え.....?何が....?」
エレンが聞き返すとアルマはそっと手を退けた。
「いいえ。何でもないわ.....。早いうちにお戻りなさい。」
抑揚の無い声でそう言うと、彼女は体の向きを変えて元来た道へと戻り始めてしまう。
しかしその歩みはすぐに止まる。エレンがその手を掴んで前へと進ませない様にしていたのだ。
「......何かしら」
彼女の言葉からは何の感情も読み取れない。嫌がっている訳でもなく....言葉の通り疑問を感じている訳でもなく....
「......少し、ここに居ねえか」
何故こんな事を言ってしまったのだろう。
......きっと、心細かったのだ。自分の事や周りの状況.....色々と考える事が多過ぎて...
誰かに、傍に居て欲しかった。
石の様に無感情なアルマを何故選んだのかは分からないが....
彼女は掴まれていた腕をじっと眺めた後、黙ってエレンの隣に腰を下ろした。
了承の意と受け取っても差し支え無いだろう。
二人はただ無言で、井戸端の無花果の影を照らす大きい三日月を仰いでいた。
アルマの腕を掴んでいた手はいつの間にか移動して彼女の掌を握っている。
翠色の月だ。不吉な様にも、優しい様にも見て取れる。
「アルマ」
「......何かしら」
「お前、ほんとに調査兵団に入団したのか....?」
「そうよ」
「......信じられねえ」
「私が一番信じられないわ」
相変わらず彼女は会話を広げようとする努力は一切しない人間の様だ。
「.....アルマ」
「何かしら」
「変な事聞くけど.....オレって.....何だと思う?」
「.....人間でしょう」
「それは分かってるって....。でも本当に.....人間なのかな。」
アルマには彼の気持ちがよく分かった。だからただ、掌をそっと握り返す。
「難しい問題ね....。私には何とも言えないわ。」
「まぁ、だよな.....。」
「.......でも、貴方は人間だと思う。」
「何でだ....?」
「自分が人間かどうかを悩むなんて人間くらいでしょう。」
「.....そっか。.......そうだよな。」
「.........。」
アルマはゆっくりと目を閉じる。穏やかな顔だった。そのまま夜に溶けていってしまいそうな....
「.....変だよな....。何でお前に、こんな事.....。オレ達、そんなに仲良い訳でも無いのに....。」
エレンがぽつりと零す。
「.....仲が良過ぎると話せなくなる事もあるわ。」
「........そうだな。」
二人は再びほそぼそと霞を破っている三日月の光を眺めた。
エレンは少し眠くなってきたのか、アルマの肩に頭を預けている。
「.....オレさ、お前と最初に話した時、薄気味悪い奴って思ったんだよ....。」
「そう......。」
「怒らないんだな.....。」
「えぇ。」
「......笑わないし怒らないし....それこそほんとに人間なのか?なんて....」
「.........。」
「......でも今は....お前のそういう所結構好きだ。」
「........そう。」
「今日、アルマに会えて良かった。......ありがとう。」
「....お礼を言われる筋合いは無いわ」
「そっか.....。」
「でも.....人に、好きを素直に伝える事ができるのは愛されてきた証拠だと思う。
貴方のご両親はきっと素敵な人ね....。」
「あぁ、そうだな....。」
「....だから、ごめんなさい。」
「え......?」
アルマはす、と瓦礫から腰を上げて見下ろしてくる。その表情は逆光でよく見えなかった。
「.....エレン。そろそろ帰るわ。私も貴方と今夜話せて良かった...。ありがとう。」
「あぁ.....。」
「貴方ももう戻りなさい。夜風は体に毒だわ」
「.....お前に言われたくねえな」
「それはごめんなさい。」
「アルマ」
「何かしら」
「.....また会えるよな」
「........同じ調査兵団にいるのだから、会う機会はいずれ訪れる筈よ」
「いや....それはそうだけど....何かお前....このままいなくなっちまいそうっていうか....」
「そんなことはないわ...」
「そうだな....。変な事言って悪かった。」
「.......おやすみなさい。エレン」
アルマはエレンの髪を優しく撫でながらそう言う。
「アルマも...おやすみ。」
その時、ほんの一瞬ではあるが.....アルマが笑った様な気がした。
.....あの微笑みには....どういう意味があったのだろう。
今夜オレはアルマに少し歩み寄れた様な気がしたけれど....まだまだ彼女の内側は...真っ暗な深い淵の様で底が見えない。
その本質を理解するには、もっと長い長い、途方も無い時間がかかりそうだった....。
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