最後の星が消えるまで | ナノ


▼ アニと錫のブックマーク

アルマがいつもの様に一人で本を読んでいると、誰かの手が突如それを奪い去って行った。


「.....アニ、返して頂戴。」

緩慢な動作で顔を上げその人物を見据える。

アニは....明らかに怒りを孕んだ目の色をしていた。

「話がある」
手短に言うとアルマの本を持ったまま彼女は歩き出してしまう。着いて来いと言う事だろうか。

本を奪われた手の中には、単体では意味を成さない錫のブックマークだけが残る。

それを少しだけ見つめた後、アルマはアニの後に続いた。





「何故調査兵団なんだ」

地下の黴臭い倉庫の中、頼りないランプの光に照らされて二人は対峙していた。
オイルが残り少ないのか非常に不安定な火の灯り方をしている。

「.....あんたはライナーの様におかしくなった訳でも弟の様に自分の意思が無い訳でも無い。何故だ。答えろ。」

「.........。」

言葉を発さないアルマに痺れを切らせたのか、アニは持っていた本を地面に投げ捨てる。

ハードカバーの重たい本は予想以上に大きな音を立てて埃っぽい床に転がって行った。

「.....あんなに....自分の勤めを大事にしてたじゃないか....。何よりも....!
私はあんたのそういう所を信頼していたんだ。」

アニはアルマとの距離を一歩詰め、彼女の襟元を掴んで顔を自分の方へ引き寄せる。

鼻と鼻が触れ合う程の距離になり、互いの瞳の中に自分の姿が確認できた。


「......それを裏切る気?」


低く囁く声はアルマの耳に届いた筈である。

それでもなお...彼女の表情は固く石の様で、それが更にアニを苛つかせた。


「.....何でだろうね」

ぽつりとアルマが呟く。

「調査兵団の団長に他兵団の志願者は解散する様に言われた時...
私は確かに貴方に続いて立ち去ろうとしていた.....。」

「....そう。では何故」

「あの時.....私の腕を掴んで離さなかった弟の腕を....容易く振り払えた筈なのに....何でだろうね...。」

「.....それだけの理由で?ベルトルトに引き止められたから.....?
以前のあんたはそんな人間じゃ無かった筈だ。」

「そうだね。.....でも、もう...以前の私では無いんだ」

アルマは自分の襟を掴んでいたアニの手をゆっくり解くと、きちんと留められていた袖のボタンを外していく。それが捲られると赤黒い痕が露になった。

アルマの体にそれが存在する事は知っていたが、目の当たりにするのは初めてで、アニはその痛々しさに思わず目を逸らしそうになる。


「見て」


そう言いながらアルマは自分の前腕を見せて来る。

そこの傷痕は....どういう訳か色を失い、石か何かの様にひびが入っていた。
アルマがそれを指でなぞるとパラパラと細かい粒子が床に落ちて行く。

「......傷が治らないの」

その言葉を聞いた時、アニは頭を重たいもので殴られた様な衝撃を感じた。

「......私はもう巨人化はできない。とっくにこの体は限界だったのよ。」

「.......な、んで」

「理由は分からないわ....。
でも....どんなに優秀な種にも粗悪なものは必ず出てきてしまう....。
それが私だったのよ....。」

「....いつから....いつからだ?何故隠していた!!」

再びアニは彼女の襟に掴み掛かる。

アルマは甘んじてそれを受け止めた。

「......隠していた訳では無いわ。.....気付いたのはトロスト区防衛戦の直前....。
でも.....シガンシナの壁を破った直後に痕ができた、その時にはきっともう.........。」

噛み付く様な視線を向けるアニの額にアルマは同じものをこつりとぶつけて目を閉じる。

「......ひび割れはどんどん広がっているわ....。私にはもう時間がない。
......その焦りが心を弱らせて......駄目ね。私は姉なのにあの子に甘えてしまったわ。」

額を離し、ゆっくりと目を開けながらアルマはひとつ息を吐いた。


「私は貴方たちと同じところには行けない。」


「........そんな、」


「.....自分の勤めが何かも....今はもう、分からない。」


「ね、さん....」


アニはゆるゆると彼女から手を離す。落胆と絶望、色々なものが混ざり合ってその顔は真っ白になっていた。

「まだ私を....そう呼んでくれるの」

アルマは自分の手の中に握ったままになっていた錫のブックマークをアニに手渡す。

「.....あげるわ。私にはもう必要無いから。」

そして、アルマの腕がそっとアニの体に回った。

「.....私たちは意地っ張りで...似た者同士だったから...中々素直になれなくて...ごめんなさいね。
でも、ベルトルトが私の大切な弟である様に....貴方も私にとって掛け替えの無いものだったわ。」

優しい抱擁の後、アルマはアニの頬に唇を落とす。

「ありがとう、....そしてさよなら。私の優しい妹....」

未だに動けないでいるアニの横を、アルマはまるで影が滑る様に通り過ぎて行ってしまう。


引き止めたいのに言葉が出ない。あの背中は....私が大好きな姉さんのものなのに....

彼女がドアに手をかける。細い光がこちらに漏れて来て....姉さんは振り返りもせずに...外へ...

扉が閉まってしまう....何故足が動かないんだ....どうして...どうして....こんな呆気ないさよならで終わりになってしまうの....?


「姉さん!!」

予想以上に大きな声が出た。ようやく彼女が振り向く。

「.....行かないで!お願い....」

足が動く様になる。その手を掴んで一気に部屋の中に引き戻した。

「駄目...!一人で行っては駄目...!!」

しっかりとその体を抱き締める。自分から彼女に抱きついたのなんて何年ぶりだろう。

「お願いだから行かないで....!!」

その体は昔と変わらず少し甘くて優しい匂いがする。何でもっと早くにこうしなかったのだろう....!!

彼女はそっと髪を梳いてくれるが、やがて肩を押して離す様に促す。

それが嫌でもっと強い力で抱き締めた。

諦めた様に彼女は再び体に腕を回して来る。そして、耳元で小さく「ごめんなさい」と囁いた。


.....何て悲しい言葉だろう。

自然と頬に涙が伝う。胸には後悔の念と、頼ってもらえなかった悔しさが渦を巻いていた。


私が素直になっていれば....!.....二人で考えれば何か打開策も見つかった筈....。

何でこんなになるまで一人で悩んでいたの....!!

あんたは昔からそういう所が馬鹿で不器用なのよ.....


私は......こんなにも姉さんを慕っていたのに....何で....

どうして素直になれなかったのだろう....


そうか....一番馬鹿で不器用なのは....私だ。


「姉さん....ごめんなさい。」

そう呟くと同時にオイルが底をついたランプが燃え尽きる。


真っ暗になった部屋の中で、私たちは永遠を感じる程の長い時間....ずっと互いを抱き締め合っていた....。



 

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