最後の星が消えるまで | ナノ


▼ ベルトルトと星が見えた夜

先日の浴室での事件は決して夢では無かった様だ。

その証拠に...少しずつ、ひび割れは大きくなっている。

まだ、アルマは誰にもこの事を告げていない...。





「姉さん、見つけた」

解散式の夜、アルマはただ一人地下の図書室で本を読んでいた。

彼女はあまり騒がしいのは好きでは無いのだ。

「その本、面白い?」

「いいえ。.....つまらないわ」

「.......そう」

「貴方、上に行かなくていいの」

「姉さんの傍に居るよ」

「........そう」

アルマは錫のブックマークを本に挟んでひとつ息をついた。


「....少し、外を歩きましょうか....。」

そっと隣に座っていた弟の手を取ると、そのまま席を立って歩き出す。

するとすぐにベルトルトの表情は明るいものに変わった。

彼もまたあまり騒がしいのは得意では無い。それに明日のトロスト区の訓練に対する不安も多少はあった。

....だから、出来る事なら姉と二人でいたかったのだ。


明日、私たちは.....







空は綺麗な星空が広がっていた。

二人はただ無言で手を繋ぎ、その下を歩く。


「....姉さんはさ....」

ふと、ベルトルトが言葉を発した。

「.....エレンの事が、好きなの」

「.........。」

「.....何で黙るの。」

「いいえ。予想外の事を聞かれて驚いただけよ」

「だって....。前は僕たちとしか話をしなかったのに....エレンとはよく話すし....。」

「話しかけてきてくれるからね」

「無視しなよ....。」

「そういう訳にもいかないわ」

「それとも、同情してるの?」

「..........。」

アルマはゆっくりと目を伏せて少しの間黙り込んだ。

「.....それは、あるかもね....。
あの子に優しくする事で、罪滅ぼしをしたつもりになっているのかもしれない....」

「それは無意味だよ。」

「そうね。その通りだわ。」

「.....姉さんは....誰かを好きになったりしないよね?」

「どうかしら。愛は素晴らしいものだと思うし...恋も悪くはないんじゃ無いかしら....。」

「.......え?」

ベルトルトの歩みがぴたりと止まる。彼女はそんな弟を振り返って瞳を覗き込んだ。

その表情は相変わらず冷たく固まっていて、心の内側が全く分からない。


「でも....私には勤めがあるわ」

アルマがぽつりと言葉を零す。

「最後まで...やるだけの事をやり遂げたいと思う。今の私には...そちらの方が大事よ。」

彼女はそっとベルトルトの胸に頭を寄せた。

「じゃあ....僕たちはずっと、一緒だと....そう言ってくれる?」

彼もまた囁きながら姉の体を腕で包み込む。

「えぇ、ずっと一緒に...いるわ」

その時アルマの脳裏に、ひび割れた自身の傷痕がよぎっていったが....気付かないふりをした。

「そっか、そうだよね。姉さんはそういう人だから....」

ベルトルトは嬉しそうに彼女を抱き締める力を強くする。

「ねぇ、姉さん。キス、しても良い?」

そうして穏やかな笑顔で腕の中のアルマに尋ねた。

「.....いいわよ。」

彼女は無表情でそれに返す。

ベルトルトはゆっくりと頬に手を添えると、迷う事無くその唇に自分のものを重ねた。

「........!?」

流石のアルマもこれには驚いた様で、僅かながら表情を変化させる。

「......貴方....何を.....」

震える声で彼女が尋ねた。動揺している姿は、いつもより人間らしさを感じる事ができる。

「キスしてもいいか許可は取ったよ」

「あれは...いつも頬だったじゃない....」

「どこにしてもキスはキスだよ」

「.....何を考えているの」

「姉さんの事だよ」

「..........。」

「.....姉さんの初めては僕になるね」

「私たちは姉弟よ....。」

「そうだね」

「...........。」


アルマは深い深い溜め息を吐いて黙り込む。これ以上何を言っても無駄だろう。


「......離して頂戴」

しかしいつまでたっても体に回った腕が離れないので訴えかける様に長身の弟を見上げる。

彼女も相当な高身長だが、彼を前にするとそれは全くもって意味を成さない。

ベルトルトはアルマににこりと笑いかけるといとも簡単にその体を横抱きにしてみせた。

「....何処に行くの....」

「歩くの疲れたんだ。少し休もうよ」

「嘘言いなさい....。この位で貴方が疲れる訳無いでしょう。」

「そんな事ないよ」


上機嫌な彼は道の脇に生えていたセコイアの根元に腰を下ろす。自分の膝の上に姉をのせる事を忘れずに。

ベルトルトはしばらく彼女を後ろから抱えながら、その首筋や髪から漂う優しい香りをすうと堪能していた。

アルマは半ば諦めた様に中空を見つめながら....服の上から、ひび割れのある箇所を撫でる。


「姉さん、僕たちは明日.....」

「.....そうね。」

「....少し、怖いな....」

「....大丈夫。貴方にはみんながついているわ。」

「.....うん。」

「ベルトルトには、自分の役割を果たすだけの力と能力がある...。そういう所を、私は尊敬しているわ。」

「.....ありがとう、姉さん。」

ベルトルトは赤茶けた木の幹に、アルマは弟の体にその身を預けながら空を仰いだ。

降る様な星空が遠くに近くに輝き、嵐の前の静けさ、という様な穏やかな光景がそこにはあった。


「.....姉さん、僕は幸せだよ。」

そっとベルトルトは膝の上の姉の黒髪を撫でる。それもまた、星の光を受けて艶やかに光っていた。

「.....そうね」

撫でられる感触が気持ち良いのか、アルマは目を細める。

「.....だから、今、この時がずっと続けば良いのにって....」

「......何もかもがいつかは終わるわ。だから、この何気ないひと時がこんなにも素晴らしく思えて...」

彼女は身をひねってベルトルトの首に腕を回す。

そしてその首筋に顔を埋めながら耳元で「貴方の事も....こんなにも愛おしく感じるのね。」と呟いた。

「.........。」

ベルトルトは彼女を横に抱き直すと、器用に片手でその胸元の釦を外し始める。

黙ってそれを見つめるアルマの、相も変わらず痛々しい痕が露になると、ひとつずつ丁寧にキスを落としていった。

首筋に走る傷痕を舌先でなぞればその肩がびくりと震える。

そうして彼女の口元まで至った自分の唇でそっと同じものを食んだ。

アルマは少し驚いた様に目を見開くが、やがて行為を受け入れてくれる。


.....しばらく二人は抱き合ったまま、お互いの熱をただ感じ合った。


ようやくベルトルトの唇が離された時、アルマは浅く肩で息をしていた。

「......貴方、いつからこんな悪い事をする子になったの.....」

口元に手を当てながらそう尋ねる頬は薄く朱に色付いている。

「......分からない。でも....ずっとこうしたいって....そう、思ってた....」

ベルトルトは再び彼女をそろりと抱き締めた。

「......姉さんは、何故....僕を拒否しないの。初めてキスをしたいと言った時も...すぐに了承してくれた....」

ある種を期待を持ってアルマに問う。

彼女はそっと弟の髪を撫でながら、同じ色をした瞳を見つめた。

「.....私は貴方が大事。だから....その想いや行為に、出来る限り応えたい。」

「それが、悪い事でも....?」

「悪い事ならもう、沢山してるでしょう....。貴方も、私も。」

「....そうだね。」

「.....そうよ。」


星から降り注ぐ銀色をその身に感じながら、二人は目を閉じる。

湿りを帯びたひと際大きな星が、見え隠れ雲の隙を瞬いており、優しい風が草原から渦巻いては、真っ黒い二人の髪を撫でて行った。

互いの心臓がいつもよりに大きく聞こえ、確かにその生命を感じる事ができる。



そう.....私はベルトルトが、ライナーが、アニが...大事で、大切なのだ。

だからこそ彼等を故郷に導く勤めを果たさなくては....。

だから....お願いだから、この体....もう少しだけ、保って欲しい....。

お願いだから.....。







しかし、私のそんな望みはトロスト区防衛戦の最中....潰える事となる....。



「さすがに...力尽きたみてぇだな」


....巨人を攻撃する巨人が現れた。

その凶暴性と攻撃力の高さに本部の屋根にいた一同は目を見張っていた....。

ようやく、その体が倒れ、動きを失った時....その項から出て来た者が一人.....


「......エレン」


ミカサが彼に駆け寄って行く。抱きつき、涙を流す....


「......そうか」


その時、私は理解した。

エレン...ライナー達...彼等の様に、恵まれた人間にのみ扉は開かれるのだ....。

私の様に...劣った、出来損ないの....能力を与えられなかった人間が...何の努力をしても無駄....。


「みんな、私を置いて行くのね....」


更にアルミンが彼の元へ...

私たちは、ただ呆然と....その景色を眺めていた.....。


 

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