銀色の水平線 | ナノ
◇ ハンジの誕生日 後編

「ところでさー…。」


「うん…?」


三切れ目のケーキを食べながらハンジは口を開く。



「シルヴィアって誕生日いつだったっけ。」


ハンジの言葉に、シルヴィアはフォークを口に含んだまま中空を見上げる。

そのまま引き抜き、もぐもぐと咀嚼した後…「さあ…忘れてしまったよ。」と答えた。


「ああ!さては年齢バレたくないから隠してるんだろ!!私にだけで良いから教えなよ!!」

「君にバラしたら次の日には調査兵団中が知る所になるだろうが。このお喋りさんめ。」


シルヴィアはじっとりとした目をハンジへと向けながら言う。


「良いじゃん。皆きっとシルヴィアの誕生日を祝いたいって思ってるよー?」

「やっぱりバラす気満々か。」


シルヴィアはひとつ溜め息を吐いてから、再び中空を見上げる。

……幹部の執務室となるとやはりその室来は豪華で、壁には大きめの絵画がかかっていた。森林の風景である。



「強いて言えば一月一日かなあ。…とりあえず、その日が来たら年をひとつ取ったか…と大体の目安にする。」


シルヴィアの白い横顔からは、冗談の気配は微塵も感じる事はできなかった。

どうやら、本当に自身の誕生日を覚えていないらしい。

…他人には割と気を使う人間の癖に、自分の事に関するとこうも無頓着になれるのか。


「もう誕生日って年でも無いしね。」

そして気を取り直す様に、シルヴィアは再び食べかけのケーキをフォークでつついた。


「まあ…確かにシルヴィアくらいになるとそうかもしれないけど…」

「こら。少しは否定しなさい。」

「私は正直なんですう。」


ハンジは三切れ目のケーキの最後の一口を大きく口を開けて飲み込む。実に満足そうな表情をしている。


「…………でもさ。シルヴィアにだって誕生日を覚えて、楽しみにしていた少女時代はあったんでしょ?」


質問を重ねるハンジに、シルヴィアは「こら、口の中のものを飲み込んでから喋りなさい。」とぼやいた。



「さあ……。あったかなあ。ちょっと思い出せないよ。」


そう言ってから、シルヴィアはもう一度遠くの壁にかかった深い青色の森林の絵を眺める。

湖に逆転した景色が映る、静謐な空間が広がる絵だった。



「……………………昔の事過ぎて?」


「どつくぞ。」


「もうどついてんじゃん。」



不機嫌そうにするシルヴィアの皿に、ハンジはもう一切れケーキをのせてやる。


シルヴィアは小さく礼を述べるが、それに手を付けようとはしなかった。



「…………じゃあさ。今日からひと月後はどうかな。」



そんな彼女に構う事無く、……なんと四切れ目のケーキを頬張りながらハンジは呟く。


シルヴィアは…それが何の事かよく分からず、ただ気持ちの良い食べっぷりを披露してくれているハンジの事を不思議そうに眺めた。



「シルヴィアの誕生日。覚えやすいから私の誕生日からひと月後で良いじゃん。」


「…………はあ?」



尚も訳が分からないと言った様な表情を描くシルヴィアに対して、ハンジは彼女の顔面近くにフォークを突き立てながら「だ、か、ら。君の誕生日は10月5日になったの。良い?」と説く様に言う。



「…………ま、まあ。別に良いけれど。……なんで?」


眼前でゆらゆらと揺れるフォークから視線を逸らさずに、シルヴィアはハンジへと尋ねた。

自らの要請が聞き届けられた事に満足したハンジはフォークを引っ込めては再びケーキをつつき始める。



「なんでってそりゃあ…。誕生日は誰にだってあった方が良いじゃない。」


シルヴィアは、「そうかなあ。」と腑に落ち着かない様子で先程皿に乗せられた二切れ目のケーキにフォークで切り込みを入れる。



「もう…!シルヴィアったら何にも分かってないなあ…」


あっという間に四切れ目も食べ終えたハンジは大袈裟に両手を広げては呆れてみせる。


「誕生日にかこつけてシルヴィアにサプライズという名のどっきりを色々と仕掛けたい私の気持ちが分っからないかなあ〜。」

「分っかりたくもないなあ〜。」

「ああん冷たい!!」


自らに抱きついてくるハンジの頬の辺りを掌で抑えながら引き剥がそうとするシルヴィア。

しかし徹夜続き故かうまい事力がこもらず、結果的にお調子者の部下の両腕にしっかりと抱かれる事になる。正直恥ずかしいのでやめて欲しかった。



「だってさ……。私たちの方からだって偶にはさ、シルヴィアにお誕生日おめでとうってしたいじゃんか。」


どうやらハンジはまたしても何日か風呂に入っていないらしく…少々匂った。

だが、それ以上に何故だか心地良い体温をじんわりと感じて、シルヴィアは少しだけ目を細める。



「………だ、大丈夫だよ…。お礼を言ってくれるだけで私には充分だから…。」


シルヴィアは、慣れない抱擁にまたしても頬に熱が集中していくのを感じながらしどろもどろに言った。

しかし、自らを抱く腕の力はどうも弱まってくれそうに無い。



「駄目だよシルヴィア。誕生日を忘れたまんまなんて。…そんなのは、駄目だよ。」


普段のふざけた態度から一変して、真面目な声色。シルヴィアはどうにもハンジのこの声に弱かった。



「それに誕生日は大好きな人に生まれて来てくれてありがとう、ってする日なんだから。私はシルヴィアにありがとうって言いたいな。」


………ようやく緩やかになる腕の中で、シルヴィアは少々身じろいではハンジの事を見つめる。


その目尻が優しく細められている様が迂闊にも綺麗に見えてしまい…思わず繁々と見入ってしまう。



少しして、ハンジはシルヴィアの頬の辺りを触りながら「……真っ赤だね」と楽しそうに言った。



「ま、真っ赤じゃない……。元からこんなものだよっ……、」


シルヴィアはそれに反論するが、熱がどんどん体の内からせり上がってくる感覚を味わっては…、ああ、もうどうにでもなってしまえ、と溜め息を吐いた。



「…………今日からひと月後、楽しみにしててね。」


ご馳走様、と言いながら…くったりと机に突っ伏すシルヴィアの頬に軽くキスを落とすハンジ。

目一杯の愛情表現のつもりだったが、心ここにあらずだったシルヴィアには届いていなかった様だ。


少々残念に思って苦笑しつつ、執務室を後にする為にハンジは立ち上がる。

そして……出入口へと歩を進める間、ふと…後ろから呼び止められた。

振り返れば、机に突っ伏したままのシルヴィアがもう一度「ハンジ」と自らの名を呼ぶ。


「なにー?」


応えると、シルヴィアはもぞりと動いてはちら、とこちらを眺めた。

銀灰色の瞳だ。いつ見ても月みたいな色をしていて綺麗だなあ、とハンジは少々感心しながらそれを観察する。



「……ありがとう。」



…………………。小さな声だった。


そして、その謝礼は何に対してかはよく分からなかったが……。ハンジも緩く微笑んでは、「こちらこそ」と応えた。



――――



………………執務室を出て…窓の外を眺めれば、遠くの空が白くなり始めていた。


しばらくそれを眺めた後、とても気分が良かったハンジは鼻歌まじりに廊下を歩き出す。



…………明け方は、少し涼しい季節となってきた。


来月の今日は何をしてやろうか、と想像しては…ハンジの足取りはどんどんと軽やかになっていくのだった。







「ご苦労だったな、シルヴィア。」


「全くだ。」



シルヴィアは団長室のソファにくったりとしながら給された紅茶を飲んでいた。


…………時刻は、正午数分前。どうやらシルヴィアは何とか時間までに書類を仕上げ終えたようである。



「…………。そうか、シルヴィアの誕生日は10月5日だったか…。長い付き合いだが…初耳だな。」



「はい…?」



しかしそこで書類をチェックしていたエルヴィンがぽつりと零す。


シルヴィアは何の事かと瞳をぱちくりと瞬かせた。



「いや……ここにでかでかと書いてある。
……別に構わないが、全団員に配布する資料の原版で宣言するとは自己主張の強いお前らしいというかなんというか「なああああああんだってええええええ!!!!???」



がばりとソファから起き上がってはエルヴィンの手の内にある書類を覗き込むシルヴィア。


そこには確かに『10月5日はシルヴィア生誕祭』との文字が。……しかし、明らかに筆跡はシルヴィアのものではない。


シルヴィアの頭の中には、すぐさま厄介者のクソメガネの顔が過って行く。



「エルヴィン!!消せ!!今すぐ消すんだ!!!流石にそこまで図々しい人間じゃないわ!!!」


「いや、良いんじゃないかな。これで年齢不詳の副団長の伝説にも終止符が打てるだろう。」


「ま、まて。頼むから待つんだ、」


「ああ、グンタ。良い所に。これを加工部へと持って行ってくれ」


「こらグンタ君。待たないと痛いことするぞ。こ、こら待たないか。」



こうしてその日一日で、シルヴィアの誕生日(仮)は全調査兵の知るところとなるのであった。



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