◇ ナイルとの出会い おまけ編
「……………………。」
シルヴィアは……眉間に皺を寄せ、非常に不機嫌な面持ちで今さっき開け放った扉を勢い良く閉めようとした。
「うをおおい!!閉めんなこのクソ野郎!!」
それを寸での所で阻止するナイル。二人はドアノブを外と中から引き合ってはぎりぎりと歯を食いしばる。お互い全力だった。
「閉めたくもなるわだあれが好き好んで日曜の朝から貴様の様な低体温生物のゲロみたいな色した顔を見なくちゃいけないんだ!!私の安眠を返せこのクソバカ!!」
「今はもう昼を過ぎて二時間だクソバカ!!どんだけ寝るつもりだ更年期なのかそうかそうか調査兵団が最近臭いと思ったらやっぱり貴様の加齢臭だったか」
「君は私と年は変わらないだろうがああ!!!!」
「独身と既婚者じゃ格が違うんだよ格が。差別って中々無くならねえな、悲しい事だ。」
「……………………。」
そこでシルヴィアは少しだけ黙り込んだ後、力一杯握っていた自室のドアノブをパッと離した。
突然の事に、勿論ナイルの身体は自身の体重を乗っけて大きく後ろによろめく。
その隙をシルヴィアは逃さず、バタンと扉をにべも無く閉めてしまった。
「ああ!! おいこら待て!!!!開けろ、開けねえとこのドア蹴破るぞ!!」
「蹴破ってみたまえ、器物破損罪と家宅不法侵入罪と猥褻物陳列罪で憲兵団からたんまり慰謝料を請求してやる!!貴様が一生働いても払えない様な額をなあ!!!ざまあみろお!!!!」
「おい待て猥褻物を陳列した覚えはねえよ!!??」
「君の存在そのものが猥褻な事にまだ気付かないのかこの歩く犯罪者め!!」
「いや犯罪者は元から歩くだろ…ってかそれひどくなあい!!??」
ナイルは扉を更に力をこめてどんどんと叩く。
だが……最早シルヴィアは聞く耳を待たないのか、うなぎの寝床の様に細長い自室の奥深くへと引きこもってしまった様だ。
「俺だって爽やかな日和の日曜日に貴様みたいなへそまがりの所になんか来たく無かったわボケナスが!!だが仕方ないだろう、マリーと子供がへぶう」
だが次の瞬間、先程まで頑なにびくともしなかった扉が勢い良く中から開いた。
お約束の様に、ナイルは全身を固い木の扉で殴打する。
「なんだ。マリーさんとちびちゃん達からの用事か。それなら非常に不本意ながら聞いてやらん事もないな。入室を許可しよう、喜べ。」
「お前……何を持ってそんなにいっつも偉そうなんだ……一度副団長やめて地の底まで落ちぶれて来い」
「やあだね。団長程責任は重く無く分隊長程せわしく働かなくて済む、こんな美味しい役職誰がやめるか」
「くそ、この税金泥棒その上性悪クソババアが」
「黙れさもないと君の娘を性的な目で見るぞふべえ おいこら貴様!!何も蹴る事無いだろうが!!!」
「黙れクソバカ!!!冗談でもそういう事を言うなクソバカ!!!!」
「二回言ったよ!!??」
「うるせえ何度でも言ってやるこのクソバカ!!おまけに妖怪クソババアめ!!!」
「性悪からパワーアップ!!??黙れこの子泣き爺!!」
「誰が子泣き爺だ!?」
「いずれ子に泣かされる爺、略して子泣き爺だ。覚悟しておきたまえ、あと数年後にはちびちゃん達に私の英才教育が隅々まで行き届いて「貴様うちの娘と息子に何を教えたあああああ!!??」
掴み掛かろうとするナイルの掌をするりと避けては、その背中を室内へと蹴飛ばすシルヴィア。
「はっはあ、歓迎しようナイル君。丁度美味しい紅茶をもらった所だ、泥水とどっちが良い、ん、泥水か、相変わらず変わった趣向の持ち主「泥はてめえが食らってろ!!!「貴様、私が丹誠込めて育てたウツボカズラの鉢を投げてくるとは良い度胸だな!!??」
一悶着あった後……シルヴィアの部屋は見事なまでに物が散乱し、散らかった状態になっていたが……元からこんな具合の散らかり具合だったので、それは特には気にならなかった。
彼女の同居相手である黒い毛と金の目の持ち主も、その様をのんびりと欠伸をしながら見守っている。
「…………ま。良いだろう。座りたまえ。」
「いや……座る所が見当たらねえよ………。」
足下にすり寄る猫を抱き上げては、シルヴィアはナイルへと振り向いて椅子を薦めた。
だが、その椅子の上には書物と紙片が折り重なって積まれており、とても座れる状態ではない。
「本は適当にどけてくれて構わないよ。
ああ、上に乗っかってる土でできた城壁のミニチュアはトロスト区に行った友人からの土産物なんだ。右の棚の上に置いておいてくれ。くれぐれも割らない様にね。」
「お前……客に片付けさせるなよ……」
ぶつぶつ言いながらも丁寧に本の山を積み直してはそれを床の上に置くナイル。城壁のミニチュアもひとつずつ棚の上に並べてやる。
……こういう所に、生来の几帳面さが出てしまう様だ。悲しい事に。
シルヴィアは、その光景を「いやあ、悪い悪い、あと君は残念ながら客じゃない」と全く悪びれずに笑顔で眺めては、部屋の奥へと消えて行く。
その後ろ姿を見つめて、ナイルは溜め息をひとつ吐いた。
*
「………で。今日はどうしたんだ。」
ナイルに紅茶を給してやりながらシルヴィアは尋ねる。
結局……テーブルの上に散乱していた本やら万年筆やらインク壷やら…更には使いどころの分からない硝子玉やら陶器で出来た箱やら…
とにかく無駄な物を一掃するのに労力を費やされたナイルは、げんなりとしながら彼女の部屋を見回しつつ淹れられたばかりの紅茶を飲んだ。
「いや……。お前がこの前くれたキルシュのトルテが。」
「ああ、さくらんぼの奴か。それが何か。」
「……妻と子供が気に入ってな…レシピを聞いて来いと言うのと…礼だ。」
そう言ってナイルは胸ポケットから生成り色の封筒を取り出して彼女の方へと差し出す。
シルヴィアはそれを興味深そうに受け取っては、封書を開封して中へと目を通した。
後……彼女の表情にはじわりとした微笑みが広がる。
一通り読み終えてから、シルヴィアは顔を上げて至極嬉しそうに…「随分とちびちゃん達は字がうまくなったなあ」と零した。
「……当たり前だ。誰の子だと思ってる。それに一番上はもう十代も半ばだ。」
何だか照れ臭くなったナイルは、目を伏せてそれに応える。
紅茶の琥珀色の水面に映る自らの表情は、少々紅潮している様にも見えた。
「ほんと…。よくぞこんなに良い子に育ったもんだよ。ひねくれた父親に似なくて良かったなあ?」
「お前…それどういう意味だ」
ふふん、と一声笑ったシルヴィアは、一番近くの棚にぎゅうぎゅうに収まっている封書の山の脇に新しくもらった手紙を加える。
………恐らく、それ等は今までもらった手紙の数々だろう。……封筒の変色具合から見て、相当前のものも含まれている様だ。
「お前なあ……ちょっとは物を捨てる努力をしろよな…。いつかはパンクするぞ、このゴミ屋敷も。
ちょっと前に来た時よりも更に物が増えてるじゃねえか…。」
その様を眺めながら、ナイルは呆れたながら言葉を零す。
シルヴィアは、可笑しそうに喉をくつりと鳴らしながら彼へと向き直った。
「仕様が無いじゃないか。どれも私にとっては大切なものだ。捨てられないよ。」
そして、そっと瞼を下ろして紅茶を啜る。
綺麗になった机の上では、早速猫が居心地の良さを確かめる様に箱を構えていた。
シルヴィアはその背中の毛を逆立てながら撫でてやる。気持ち良さそうにそれは一声、鳴いた。
「…………お前って……なんというか。極端な奴。」
同じ様に紅茶を飲みながら、ナイルは零した。シルヴィアは不思議そうに彼の顔を見つめる。
「何も返せないから……何ももらわないんじゃなかったのか。」
そう尋ねれば、シルヴィアは何かを思い出した様に…「……そうだね。確かに。」と相槌を打った。
「でも…少しづつではあるけれど。…返せるものもあるかもしれないとも…考えてしまうんだよ。」
穏やかにそう零したシルヴィアは、笑ったまま眼前のナイルを見据える。
何処かいたずらっぽい、少女の様な瞳に彼は若干たじろいだ。
「………君にも。いつか……お返ししなくちゃなあ。」
そう言って、シルヴィアは優しく目を細める。
その様をしばらく無言で見つめていたナイルだったが…やがて、「俺はお前に何もやってないぞ」とぶっきらぼうに返答した。
「そうかな………。」
シルヴィアは紅茶をもう一口飲んでから静かに言う。
「………そうだよ。」
ゆっくりとナイルも言葉を返した。
「そんな事はないよ。」
未だに笑ったままのシルヴィアは、空になったカップをソーサーに戻す。
ナイルのカップの中身も空になっていたので、シルヴィアはそこに新たに紅茶を注ぎ足してやった。
白い湯気が、窓から差し込む光に照らし出されている部屋へと、緩やかに広がって行く。
「………………。」
ナイルは…その光景をじっと眺めていた。
…太陽にとっては良い時間だ。白に近い黄金色の光は、部屋の隅々まで染み入る様に行き渡っている。
「そうだと……良いんだが。」
そして、誰に言うでも鳴く、呟いた。
シルヴィアは何も言わずに、ポットをテーブルの上、元の位置に置く。かたりと小さな音が鳴った。
「……それなら、良かった。」
ナイルは、もう一度小さく零すと、新たに淹れられた紅茶を口に含む。
それは大分濃くなっており、舌先には苦みが残った。
だが、どういう訳か、先程よりも美味く感じる。
お互い、無言の内に。ただ、紅茶を飲み交わした。
また少しすれば、いつもの小競り合いが再開して部屋の内は実に騒がしい状況になるのだが………
それまで、しばしの静寂。
ねっしー様のリクエストより
主人公がリヴァイに一目惚れした時の話で書かせて頂きました。
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