銀色の水平線 | ナノ
◇ ナイルとの出会い 中上編

「…………おい。何してるんだ。」


ある日の俺は…友人と共に街へと出掛けた。

久々の、訓練合間の休みである。目一杯羽を伸ばそうという試みであるのだが…さっきから、友人の奴は女ものの装飾品の店のショーケースを眺めたまま、ぴくりとも動かない。

良い加減俺も業を煮やして…少々苛立った口調で、奴に声をかける。


「いや………。髪留めをさ。ちょっと見てるんだ。」

そいつは少しの間を置いた後、何だか照れ臭そうに応えた。


「髪留めだあ?お前のどこに留める髪があるんだよ。」

そう言いながら俺は、奴の短く刈り込まれた頭をぺしん、と軽く叩く。


「いや…もちろんオレんじゃねえよ…!」

そいつは俺の手を振り払いながら増々頬を赤く染めて反論した。……何だ気色悪い。


「じゃあ誰のだよ。……お前にまさか恋人がいるわけはねえからな…。そうか。故郷の母ちゃん宛てか。偉いぞ親孝行。」

「違えよ!!それから恋人いないって決め付けんな!!」

「………いるのか?」

「いや…いない。」

「正直者だな。お前のそういう所好きだぜ。」

「嬉しくねえよ!?」


………友人は、深呼吸をひとつして…自分を落ち着かせる様にする。


それから…少しだけ潤んでしまった瞳で、またしてもきらびやかに飾られたショケースの中へと視線を落とした。



「……シルヴィアってさ、いるだろ?」

そして唐突に口を開く。……俺は…何となく事情を察しては頭を抱えたい気持ちになった。

…この話を聞くのはもうこれで何人目だろうか。



「ああ。………いるな。」

しかし、それはなるべく表に出さない様にして相槌を打つ。


「彼女さ…髪が長くて綺麗なのに何も飾らないから…いや、訓練中は仕方が無いのかもしれないけれど。
でも、休日くらいは、って思って…。女の子なんだし。……それで、今日、何か見つけられたらって…」


俺は…盛大に溜め息を吐いた。

駄目だ。こいつの瞳はその…完全に恋する乙女になっている。


「分からねえな。……あれの何処が良いんだ。」

心から思う事を口にすれば、友人は至極驚いた表情でこちらを向いた。


「分からないのか……!?お前、さては同性愛者かよ!?」

「こらてめえ何故そういう事になる」


思いっきりそいつの足を踏みつけてやれば、痛そうなうめき声が漏れる。…自業自得だ。俺はノーマルだ。


「いや…まずはさ、ほら。綺麗じゃんか。」

「ま、まあ…それはな。」

「あとは結構。優しいから……」

「や、やさしい…?」


俺は、あいつの氷の様に冷たい表情を思い浮かべる。あれが。優しい。……最も対極にある言葉だと思うのだが。


「いやほんと…。外見で誤解されているだけで優しい人なんだって…。
この前の実習でペアになった時に俺も初めて知ったんだけれど………」


友人の頬は、先程から朱の濃さを増すばかりである。

………これは、駄目だ。もう。止めても無駄だろうから好きにさせよう。



「とにかく、ちょっと買ってくるから…待ってろよ。」


友人は、俺の言葉を待たずに足早に店の中に入る。

……可愛らしく、カラフルな店内にデカく、ムサい男が一人。……その光景は、想像以上に浮いていた。







しばらくして奴が店内から出てくる。未だに紅潮し放しの頬から察するに、相当の緊張を強いられていたのだろう。



「……どんなの買ったんだ。」

何となく尋ねれば、奴は紙の袋から桃色の花形の髪留めを取り出す。

………安っぽい造りだ。まあ、俺達が買えるものと言ったらこれ位が限界なのだが。


「……随分ファンシーな色だな。お前の顔にもあいつにも似合わないと思うが。」


率直な意見を述べれば、そいつは少々拗ねた様に髪留めを袋に戻す。「うるせえ」と小さく呟きながら。


「……いや。シルヴィアには似合うと思うよ…。外見とか、着ているものに色味が無いからそう感じるだけで…
うん。やっぱり似合うよ。……きっと。彼女だって女の子なんだから…。」


(……………………。)


俺は、熱に浮かされた様に言葉を紡ぐ奴の事を…ただ。無言で見つめていた。



…………うまく、行くと良いのだが。

だが、どう頑張ってもこいつとシルヴィアが隣り合っている光景を思い浮かべる事はできなかった。



「あ、あとお前にもプレゼント。」

思い出した様に、そいつは俺に向かって何かを投げてくる。


俺は、おっと、と言いながら咄嗟にそれを受け取る。……が、受け取った事を後悔した。



「何だこれは………。」

それを見下ろしながら低い声で尋ねれば、奴は「いや、なんかオマケでもらった。いらねえから、やる。」と答える。


「俺だっていらねえよ…」

そう呟いた俺の視線の先には、小さく不細工なクマの縫いぐるみがくったりと手の内に収まっていた。

首元を白いリボンで、これまた不格好に蝶々結びされているのが滑稽である。


「オレだっていらん。まあ、もらっとけ。何か良い事あるかもしれねえぞ」

「騙されるか!!ほら手差し出せ、返す!!」

「返品不可ですう。大人しくもらうんだな。」

「畜生、あ…こら、待て!!!」



この不細工なクマの縫いぐるみの所為で、その日の俺達は終始街中を追いかけっこする事になってしまった。


全く…羽を伸ばすつもりがいつもの倍以上疲れた様な気がする……。











「あ………。」

訓練場に帰ってくると…どういう訳だか、俺達はばったりとシルヴィアに出くわしてしまった。


突然の事に、俺の隣にいた友人は激しく挙動不審になる。


そんな彼の事を、シルヴィアは…じっと見つめていた。


……少し涼しくなって来たからだろうか。黒い、首元まで隠す様な薄手のニットのセーターを着ている。

その所為で真っ白な首だけが宙に浮いているみたいで、気味が悪かった。


「…そこ。通るから、道をあけてくれないか。」

数分程見つめ合った後、シルヴィアは口を開く。……肌が異常に白い所為で、微かに覗いた舌の赤さが毒々しいまでに際立った。



「あ、ああ。すまない……。あ、う、だが。ちょっと待ってくれ。
………シルヴィア。オレはお前に…渡したいものがあるんだ…。」

友人は、しどろもどろになりながら、本日買って来たものが収まった袋を取り出す。


シルヴィアは…何の感情もこもらない硝子玉に似た瞳で、その様子を静観していた。



「あの…!これ、お前に……あげるから、使ってくれると、う、嬉しい……。」



そして差し出された紙の袋。………だが、シルヴィアはそれに手を伸ばそうとはしなかった。




ただ。見ている。




辺りには、気まずい沈黙が転がった。



「あ……あの。…使わなくても良い…受け取るだけでも、…もしなんなら、捨てちゃっても、良い、から……。」


友人は、徐々に小さくなっていく声でシルヴィアへと訴える。

………必死だ。恐らく、本気なのだろう。……見ているこっちまでハラハラとしてきた。



シルヴィアは…それを…一点、黒い瞳孔でじっと眺めていたが…やがておもむろに手を伸ばして、袋を受けとった。


…………友人の表情は、心から安堵したものに変わる。俺の胸の内もまた…ほっとした感慨に満たされた。




「あ、」


そこで俺はある事を思い出してポケットを探った。…指先に当たったものを引っ張り出す。

そしてそれを……先程友人にされた様に、シルヴィアに向かって放る。


‥‥‥シルヴィアは少しだけ驚いた様にしながらそれをキャッチした。


手の内に収まったものを眺めるシルヴィアの表情は…相変わらず何の感情も読み取る事が出来ない。


「俺からもプレゼントだ。いらねえからやる。」

愛想無くそう言う俺の事を、シルヴィアはクマの縫いぐるみと交互に…ゆっくりと見比べた。


それから、「どうも。」と小さく頭を下げると、俺達の脇に見つけた狭い隙間から…するりと向こうへと通り抜けてしまう。




……………ひどい態度だ。もう少し位愛想良くしてもよかろうに。



俺は正直奴の事は苦手……いや。嫌いな部類に入る人間だったので、傍を離れられた事をせいせいとする。


だが…隣の友人はどうだろうか。心底名残惜しそうに、遠ざかって行くシルヴィアの背中を目で追っている。



「………おい。諦めろよ。あいつに何かを望むだけ無駄だろ。まともな会話すら成立しない奴だぞ。」


声をかけると、ようやく友人は我に返ったのか、俺の方へと向き直った。


「いや…それはさ。分かってるんだけど……。
でもさ。今回、受け取ってくれたろ、髪留め。これって…ちょっとは望みあるって取って良いかな…。」


……またしても染まって行く奴の頬。


こりゃ駄目だ。やはり好きにさせる事にしよう。



「あーあ。知ーらね。」

俺は小さく呟いて、色惚ける奴の腕を引っ張ってまた歩き出す。



まあ。………こいつは、悪い奴では無いし、良い友人だ。


…………恋人関係、は相当難しいかも分からないが……せめて、友人くらいの仲にはなれる事を……応援してやらんでも、ない。



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