銀色の水平線 | ナノ
◇ ハンジとナナバと散歩する 中篇

「…………ハンジ。あまり怪我人を虐めちゃいけないよ。」


取っ組み合いに近い体勢でぎりぎりと拮抗していた二人へと落ち着いた声がかけられる。

揃ってその方を見ると、上品な薄い金色の髪をした人物がカーテンを開けて入って来るところであった。


「ナナバだ」

未だに意気揚々とした表情のハンジが上機嫌で友人の名を呼ぶ。


「おお…本当だ。どうしたのかな。そして今度こそ助けてくれないかこの残酷極まる状況から」

「ごめん無理」

「だから諦めるの早いんだよね君なんでそこで諦めるの」

「食べさせてもらうくらい良いじゃないか。いずれどこかの誰かとやるときの練習と思えば」

「そんなことは誰ともしない!!」


シルヴィアはしつこいハンジに頭突きを食らわしてひとまず場を収めることに成功した。

ナナバは笑いながら「シルヴィアも大変だねえ」と労ってやる。



「………で。改めて何の用かしら。」


脇で額を抑えて踞るハンジを尻目にシルヴィアは再び切り出した。

色々な要因からか以前よりも幾分やつれたように見える。


「何の用……。普通にどうしてるのかなって心配して来ただけなんだけど。」

「心配!?君にも心配するなんていう人らしい心が残っていたのか!!」

「………………。随分と疑心暗鬼になってるね。」


これの所為で。とナナバは踞ったままのハンジを見下ろした。そう、それの所為だ。とシルヴィアは頷いて肯定する。


「ああ…でも、思ったより元気そうで良かった。シルヴィアがいないと私たちもちょっと寂しかったよ」

「まあたまた心にも無いことを」

「本当だって。照れるのは分かるけど褒め言葉は素直に受け取らなくちゃね。」


ナナバはシルヴィアのベッドに突っ伏していたハンジの隣に腰掛けて、病床の彼女の顔を覗き込む。

……その端正な容貌と近過ぎる距離にシルヴィアは少しばかり狼狽えるが、やがて表情を穏やかにした。


「それも…そうかもね。お礼を言うよ、わざわざありがとう。」

「どういたしまして。」

にっこりと笑うナナバの傍らでハンジが「お見舞いなら私だって毎日来てる」と呟いた。

ようやく身体は起こされていたが、その額はまだ少し赤かった。



「………今日は良い天気だからさ。ちょっとした提案をしに来たんだけど」


ナナバは医務室の窓から高い空を見上げながら言う。

再びベッドに顔を埋めていたハンジの頭をぽんぽんと、適当に撫でていたシルヴィアもそれに倣って外を眺めた。


「こういう閉鎖空間にずっといるのも疲れただろう?……もう一週間以上経つし…。
少し外に出てみたらどうだろうか」

「ええ、別に疲れてないよねシルヴィア。私が懇切丁寧に看病してるもん。」

「いや疲れたよ。それの所為で別の病気になりそうな位ね」

「嘘だあ。」

「嘘じゃなあい。」


シルヴィアはどうやら相当消耗しているらしい。受け答えも段々に適当となってきている。

ナナバはほうとひとつ息を吐いた後、ハンジに「もうやめるんだ。見てご覧、ストレスでシルヴィアが白髪になっちゃったよ。」と語りかけた。


「ああっ、本当だ…!かわいそうに……」

「白髪じゃないっていうの。銀髪だっていうの」

「すっかりおばあちゃんになってシルヴィアったら……」

「おこるぞ」


シルヴィアは不機嫌そうに眉をしかめながら自身の髪を弄った。

……………故郷ではこれが普通だったのだが。


「まあ、よくよく考えたらシルヴィアが白髪なのは元からだったね」

ナナバは顎の辺りに指先を持っていきながらその様を眺めた。

そうしておもむろにその白銀の髪を触ってみる。こそばゆい感覚にシルヴィアは少し笑った。


「その通り。シルヴィアは私が入団したときからずっとおばあちゃんだったよ。」

ハンジも彼女の髪の毛に手を伸ばして毛先を指で弄びつつ、何故か得意そうに発言する。


「私が入団したときもおばあちゃんだったなあ。」

懐かしそうにしながらナナバは応えた。


「……………。」


そうしてシルヴィアは無言で眉間に刻まれてしまった皺を揉む。

誰も彼も問題児ばかりで困ったものだと考えながら。


「まあ……。それにしてもシルヴィアは一応深刻な怪我人だったんだ。あまり嫌がることをしちゃいけない。」

「私は可愛いシルヴィアの看病をしていただけなんだけど」

「君の看病は逆効果だ。私が怪我したときは絶対しないでね」

「ナナバって結構ひどい」


ハンジはシルヴィアの腹辺りにしがみついて「そんなことないよね、シルヴィア」と訴える。

ちょうど傷口辺りに身体が当たった所為で彼女は低く呻いた。ナナバが無言でハンジを引き剥がしてやる。



「分かった分かった、気持ちだけ受け取るから……。だから…腹を刺激するのはやめてくれ」

シルヴィアは傷口を服の上から抑えながら浅い呼吸の合間に訴えた。


その光景を眺めつつ、ナナバは「シルヴィアってほんと苦労してるね…」と同情めいたことを言う。



「ほら…ハンジ。良い加減にしてやらないとリヴァイに言いつけるからね」

そうして言い聞かせるようにした。その言葉にハンジの表情が若干青ざめる。


「駄目!それは駄目だよ...!
私がリヴァイを差し置いてシルヴィアとラブラブな事がバレたらあの焼きもちやきに殺される!!
何よりも仕事をサボってたのがバレちゃうじゃないか!」

「サボってたのか。仕事。」

シルヴィアは呆れた顔をしてハンジを見つめた。


「いやいや、シルヴィアほどでは無いよ。」

「一緒にするない。私は期限ギリギリにならないと始めないだけだ」

「…………。どっちもどっちだと思うなあ。」


ナナバはハンジの身体を抑えたままで呟く。そうしてこの二人は似てるなあ、駄目なところが。と考えた。


「それじゃあ……ハンジは一刻も早くサボっていた仕事を片付けると良い。
私はシルヴィアと散歩がてらデートを楽しんでくるから。」

「君とシルヴィアを二人きりにさせるなんてできるものか!この両刀使いのスケコマシが!変態!」

「憶測で物を言わないでくれよ。変態さ加減なら君には負けるしね……
あとおばあちゃんをそういった対象に見るほど困ってはいない」

「これ以上おばあちゃんと言ってみろ慰謝料として直ちに30万要求するぞ」


シルヴィアは傷の痛みと微妙な罵倒に苛立ちながら苦々しげに言う。

「これは失礼副団長」とナナバがかしこまって謝った。シルヴィアは何も応えずに渋い顔をする。


「それと……。散歩の提案は素敵だが、見ての通りの身体だ。満足には歩けない。
今日君が来てくれただけで充分気分転換になったよ、ありがとう。」

弱々しく礼を述べるが、ナナバは緩やかに首を振る。その表情は綺麗な微笑が描かれていた。


「それなら車椅子を借りて来たから大丈夫だよ。
本当は今日、見舞いに花束を持って来るつもりだったんだけどね。
シルヴィアなら外で生きている花を見せた方が良いんじゃないかと思って…それで散歩に連れて行こう、と思いついたんだよ。」

「…………相変わらず気が利くね…。モテる訳だよ」


シルヴィアは感心しながら呟いた。ナナバは「どうだろうね」と淡く笑ったまま返す。


「ああ、でも……」

少し黙った後、シルヴィアはまた窓の外を眺める。古びた木の桟の間から透き通った水色が覗いていた。本当に良い天気である。


「それは……確かにそうだね。とても嬉しいなあ……」


彼女の視線が元の位置に戻された。それから些か気恥ずかしそうな表情をする。


「でも何かと迷惑がかかってしまわないかな。自由が利かない人間の体は想像以上に重いよ?」

シルヴィアの言葉を聞いたハンジが肩をすくめた。そうして彼女の頭を軽く小突く。


「シルヴィアは怪我人の癖に人に気を使い過ぎ。別に君一人位重くも何ともないよ!」

これでも兵士なんだから鍛えてるんだよ?と更に大袈裟な身振りをしてみせた。


「そうそう。こういう時位頼ってくれたっていいじゃないか。君は変なところで真面目なんだから」

ナナバも柔らかい笑顔のままでシルヴィアの銀髪をゆっくりと撫でてくる。

慣れない感覚に彼女は何だかむず痒いような気持ちになった。


「それに……推定Bカップの肉体はとくに重そうじゃないしねえ」

「なんで君まで知っている!!」

「あ、やっぱりそうなんだ」

「黙らないか、セクハラで訴えるぞ君ら!!」

「まあまあおばあちゃん。あまり怒ると血圧上がるよ」

「言ってくれたなあ!!30万、30万だ!!次に会うのは審議所だからなああ!!!」


怒鳴り声が傷口に響いたらしく、シルヴィアはまた腹を抑えて呻く。

その様を眺めて、ハンジとナナバは堪らなく声を上げて笑った。



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