◇ ハンジとモブリットと本屋にて おまけ編
「遅い」
橋に戻ると、怒り心頭の兵士長様にシルヴィアは物凄い形相で睨みつけられた。
それを眺めて....シルヴィアは全身から力が抜けると同時に、ひどく溜まらなくなってリヴァイを力強く抱き締めた。
「......何の真似だ」
胸の内から彼の声が聞こえる。非常に不機嫌そうだが...嫌がる気配は無かった。
「良かったよ....。今日はずっと君に会いたかったんだ....」
「は?なら30分も遅刻するんじゃねえよどアホ」
「....30分?私が?」
「待ち合わせは3時だと言っただろうが」
「はい?」
シルヴィアはリヴァイから体を離し、目を数回瞬かせてその顔を覗き込む。あまりにも真っ直ぐ見つめられたので、彼は思わず顔を逸らした。
「.......どういう訳だ。俺は待ち合わせの時間を変更するとの伝言を、随分時間に余裕を持たせて頼んだ筈だが」
「いや....受け取っていない....」
「...........頼んだのは朝だぞ」
「朝は....多分、もう出発していたかもしれない.....」
「浮かれ過ぎだろ.....」
「....浮かれちゃ悪いか」
シルヴィアはリヴァイの隣の欄干に寄りかかりながら溜め息を吐いた。
だが....安堵もした。彼は忘れている訳では無かったのだ。
....そして何より、その身に何も起こっていない...平穏無事そのものだった。
「......って事はお前...三時間半いや、もっとか?待ってたのかよ....」
「ああ、そうだよ」
「よくやるな....」
「そりゃあ....、まあ、だが退屈はしなかったぞ。付き合ってくれる奴がいたからなあ。」
「.......誰だ。」
「なんでそんな怖い顔...ああ、元からか「ああ!?」
「ご、ごめん.....。」
シルヴィアがハンジとモブリットだよ、と答えるとリヴァイは最初からそう言え、と呟いた。
「まあ何にせよ会えて良かったよ....。私はだな...その、結構.....今日を...とても、」
シルヴィアはそこまで言って口を噤んだ。脳内で言葉がよく整理できていない様だ。
ただ、リヴァイには言いたい事は充分過ぎる程伝わってしまったらしい。彼は目を伏せて小さく息を吐いた。
「行くぞ。早くしないと日が暮れる。」
リヴァイの言葉と共にシルヴィアは手を強く引かれるのを感じた。先程も同じ場所で同じ様にハンジに手を引かれたんだっけ....
「そういえばリヴァイ、君も30分よく待てたね」
隣に並びながらシルヴィアが言う。リヴァイはしばらく無言だったが、本当に微かな声で「.....だからだ」と呟いた。
シルヴィアは穏やかに笑い、応える代わりに掌に力を込める。
「そういえば...それ。」
リヴァイが視線でシルヴィアの白橡色のロングスカートを差す。
「お前...俺と出掛ける時以外でそれ履いた事あるのか」
進行方向へ視線を戻しながらリヴァイは尋ねた。
「うん....多分無いかな。」
「多分?」
「いや、無いよ」
「そのはっきりしねえ受け答えをなんとかしろ」
リヴァイは歩く速度を上げる。シルヴィアはおっと、と言いながら再び隣に並んだ。
「.....それにしても似合わねえな...」
再びスカートを見つめながらリヴァイが零す。
「はいはい....。私に一番似合うのは制服なんだろう?前に聞いたよ」
「その通りだ。若作りが過ぎてみっともねえ。」
「あー.....少し傷付くぞ」
「.....だから、俺以外の前では恥ずかしくて履けたもんじゃない。」
「んん.....、了解だ。」
少し考え込んだ後、シルヴィアは何処かくすぐったそうな表情で応えた。
「......何笑ってやがる...。気持ち悪りい....」
「君が笑わない分私が沢山笑うのさ。ああ今日は嬉しい事ばかりだ。」
今度はシルヴィアが歩く速度を上げてリヴァイの事を引っ張る。
その時にリヴァイの方を振り向いたシルヴィアの笑顔はいつもの微笑とはほど遠く幼いものだった。
.......リヴァイの胸中に何故か、懐かしい様な..どうしようもない気持ちが去来する。
腕を再び強く引き、自分の方へと寄せた。「わあ」と間抜けな声を上げて軽々と胸に収まった奴をしっかりと抱き締める。
......抱き締めたのは久しぶりだ。....あの桜の樹の下以来.....
首筋に顔を埋め、深く呼吸をすると、やはり....変わらずに優しい匂いがした。
「こ、こらこらこらこおら!!」
しかしシルヴィアは猛烈に抵抗してリヴァイの腕の中から抜け出す。
「.......こらは俺の台詞だ。大人しくしてろ」
もう一度引き寄せようとするがシルヴィアが凄まじい力でそれを拒否した。
「いーや私の台詞だね!!公共の場でなんて事をするんだっ!破廉恥極まりない!!」
「お前だってさっきしてたじゃねえか...」
「あっあれは仕方が無いだろう...!それに私からするのは別に良いんだ!君からは駄目!!」
シルヴィアはリヴァイの手を振り払って物凄い速さで走り出す。髪から覗く耳は真っ赤に染まっていた。
「あの野郎....」
リヴァイの胸に、先程とは違う黒い感情が忍び寄る。そして全力で走るシルヴィアの後をこれもまた全力で追いかけ始めた。
「ひいっ!追いかけて来たあ!!」
「追いかけんに決まってんだろこんのクソババア!!」
「うわあ、頼むから今は来るなっ頼むからっ!!」
「聞けねえ頼みだな」
「何で私は今日スカートなんか履いて来てしまったんだあ!!走りにくい事この上ない!!」
凄まじいスピードで追いかけっこをする男女の姿を見ながら、街の人々は(今日も平和だなあ...)と実にのどかな気持ちになったという。
銀色の水平線を拝読させていただいております。の方のリクエストより
ハンジさんと一緒に誰かに迷惑をかけるで書かせて頂きました。
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