銀色の水平線 | ナノ
◇ ハンジとモブリットと本屋にて 後編

「シルヴィア〜。君にお薦めの本見っけたよお。」

ハンジがすこぶる笑顔で小説を立ち読みしていたシルヴィアの元へとやってきた。自分の買い物は粗方終ったらしく、その表情は満足感で満ちあふれている。


「....いらん。戻して来なさい。」

シルヴィアはぴしゃりと言い放つ。この顔のハンジに付き合ってろくな目に合った事は一度としてなかった。


「そう言わずに!シルヴィア普段恋愛ものとか読まないでしょ?この機会に読んでみなって!」

「ろくでも無さそうだな」

「そんな事無いって!なんとこれ、年下の低身長の男性と年上の高身長の女性がめくるめくロマンスを」

「ろくでも無かった」

「.....いらないんなら戻してくるけど」

「......................いるから置いておきなさい。」

「ああ〜やーっぱりシルヴィアはかっわいいねえ〜!!」


シルヴィアは実に悔しそうに...しかし頬を微かに染めてそれを受け取った。

ハンジはそんなシルヴィアをぎゅうぎゅうとたまらないとばかりに抱き締めては鬱陶しがられていた。



「.....公共の場であんた達何してるんですか」

ふと気付くと、数冊の本を手にしたモブリットがその光景を呆れた眼差しで眺めていた。


「........何も、していない。」

そう言ってシルヴィアは先程受け取った本を自分の後ろに隠して、モブリットには見えない様にした。

ハンジはそれを見てほくそ笑む。


「もう自分は買い物を済ませましたが...ハンジ分隊長とシルヴィア副長の方はどうですか?」

「私はもう終ったよ。あとはシルヴィアの会計を待つだけだね」

「う...うむ。急いで済ませてくるから待っていてくれ。」


シルヴィアは小走りになりながら書架の向こうへと走って行く。ハンジは手をひらひらさせてそれを見送った。



「どーお、楽しんでる?デート。」

ふと....ハンジがモブリットに対して何処か面白そうに問い掛ける。


「えっ....そもそも三人なのにデートって変ですよね...。」

「気にしない気にしない。
私はね、君がシルヴィアの事あんまり得意じゃないの知ってるから、これを機に仲良くなってくれたら嬉しいなーなんて思ってるんだけどね。」

「う....。俺ってそんなに分かりやすいですか。」

「分かりやすい分かりやすい。訓練兵一年目の教本並みに分かりやすいね」

モブリットはひとつ溜め息を吐いた。


「そりゃあ苦手ですよ....何考えてるかよく分からないし...。」

「いや...あの人も大概分かりやすいと思うけどねえ。」

「いつでも笑ってて....」

「良い事じゃないの」

「とにかく、何と言うか近付き難くて緊張するんです。.....だって笑顔で、あれだけひやりとする事を言えるんですから....」


モブリットは、アルミンに薦められて購入した本を掴む手に少し力をこめた。


「.....シルヴィアは副団長だからね。それは仕方無いよ。望む望まざる関係なく、それが役目なんだから。」


ハンジはモブリットの手の中から本を取り上げて中身をぱらぱらと捲る。それから「エロ本じゃないんだつまんない」と呟いた。


「でも、勿体ないよー。」

本をモブリットへ放る様に返しながらハンジは笑う。


「シルヴィアをシルヴィア副長とだけしか見れないなんて、凄く勿体ないよ。」


(.....そういえば......)



確か先程の新入りも....『君は副長の事が怖く無いのか?』と尋ねた時.....



『あの人は綺麗にお固く装丁されていても中身は大衆的な三文小説みたいなものです。読んでみたら結構面白いかもしれませんよ』


と言っていた。(ヒラ兵士が副団長を三文小説に例えるってどうよ)



(...ハンジさんや新入りが見ている副長は、俺が見ている副長とは違うのか....?)



そうこうしている内に、シルヴィアが数冊の本を携えて(何故か一冊は茶色い袋に入っていた)戻って来た。


「あれ?シルヴィア、他にも本買ったの?」

ハンジがシルヴィアの腕の中からそれを取り上げて中身を眺めながら「なんだまたエロ本じゃない」とぼやいた。

そんなにエロ本が見たいんなら自分で買えとモブリットは心の中で突っ込んだ。


「あ。この本、さっきのモブリットのと同じだ。」


ハンジの言葉にモブリットは自分の腕の中の本と声の主の手元にある....シルヴィアが購入した本を見比べる。確かに装丁は一緒だ。


「珍しいねえ。シルヴィアがこの手の本読むなんて」

またしてもハンジはそれを放る様にシルヴィアへと返す。もう少し丁寧に本を扱って欲しいものだ。


「うむ、偶にはな。元より大衆文学は嫌いじゃない。忙しくてそっちまで読む暇が無かっただけだ。」

シルヴィアは何故か嬉しそうにそれに応えた。


「それに...これを読んだら、モブリット君と共通の話題ができるだろう?」

突然自分に話題をふられて肩を小さく跳ねさせたモブリットの顔を覗き込みながらシルヴィアが言う。


「そして君ともっと、ちゃんと話ができたら...そうなったら、私はとても嬉しい。」

シルヴィアは少しばかり恥ずかしそうにしつつも、笑った。


(..........。)


「じゃあ私もシルヴィアと同じの買おっかなあ〜。その袋に入ってる方の」「断じてさせん」「ごめん実はもう購入済み」「なんだと」「調査兵団にツケで」「無駄遣いしないの!」



「さて....そろそろ戻るか。」

シルヴィアは時計を確認しながら呟く。時刻は三時を回っていた。


「君等は買い出しがあるんだろ。ここで別れるか。」

モブリットとハンジにシルヴィアは淡い笑みを向ける。


「.....そだね。」

ハンジは少し名残惜しそうに言った。



そしてシルヴィアは先程の様に軽い別れの言葉を述べて、二人の前から立ち去っていく。



........モブリットは彼女の筋の通った背中を見送りながら、ぽつりと「あの本、シリーズものの三巻なんですよ...」と零した。


それにハンジが「へえ...そりゃあシルヴィアは運が悪かったね。」と相槌を打つ。


「俺...一、二巻持ってるんですけど.....」

「ほう?」

「あー......貸しに行くのはまだ勇気いるなあー」

「この腰抜けめ」


ハンジはモブリットの頭を軽くはたいた。



「だってやっぱ緊張するんですもん.....」

「もんじゃないでしょ」


はあ、とハンジが溜め息を吐き、「なんなら私がモブリットからって言って貸そうか?」と尋ねる。


モブリットは手中の本...シルヴィアと同じもの...を見つめながら軽く唇を噛んだ。激しく何かを迷っている様だ。



「いや...自分で...いや、やっぱ怖い....いや「はっきりしなさい男の子でしょ!」



またしてもハンジに頭をはたかれる。



「あー....いつか、ちゃんと貸します。」

「いつか?それっていつよ」

「えーっと、とにかく、俺の手から貸しますから!」

「その日が来る前にシルヴィアが一、二巻買っちゃうかもよ?若しくは別の誰かに借りちゃうかもよ?」

「そんなぽんぽん聞かないで下さいよ!俺だって副長と仲良くなろうと努力してる最中なんですから!!」


モブリットの言葉に、ハンジは少しの間目を瞬かせて彼を見つめた。


それから....微かに目を細め、「ん....頑張れ。」と呟く。



「さあ、これ以上道草食ってると日が暮れてしまいます。行きますよ、ハンジ分隊長」



そう言って疲れた様にしながら歩き出すモブリットの後ろに、ハンジもゆったりとした足取りで続いた。



(何でかな.....)



シルヴィアは良い奴だと思うし、公務の時の怖い顔じゃない...可愛い一面を色んな人に見てもらって、誤解を解いてあげたかった。


けど....いざ副長じゃないシルヴィアを見て、そこに近付きたがる人間が増えると...どういう訳だか胸が支える。



知っていたのは、私と...少数の人間だけだったのになあ....



変なの。人間って巨人なんかよりよっぽど謎が多い生き物だよ。



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