銀色の水平線 | ナノ
◇ ナイルとチェス 後編

「おい...良いのか...そこでビショップを動かしたらお前、ナイトを取られるぞ...?」

「その手には乗らんぞ。代わりに私は五手先で君のクイーンを頂くからなあ」


シルヴィアは迷う事なくビショップを斜め左へと進める。


「.....何企んでやがる」

ひとつ舌打ちをしながらナイルはルークを前進させた。

「ふふん、知りたいのか?君をこてんぱんに打ち負かす為の戦略を」

「.....ほう?言ってみやがれ」

「嫌だね!君にはなーんにも教えてあげない!」

そう言いながらシルヴィアはポーンでナイルのクイーンを盤外へと弾き飛ばす。

「なっ、ポーンで.....」

「君は調子こいてクイーンを動かし過ぎなんだよ、王様が丸裸だ後は煮るなり焼くなり私の自由だほれチェック」


ナイルはその様をじっと見下ろした後....両掌で自分の頭髪をわしわしと掻き回した。


「くそったれが!!!!」


「ふふん、勝ったぞナイル!!エルヴィン、確かにそうだよなっ!?」


「ええ、先輩の勝ちですよ。お見事です。」


シルヴィアは心の底から嬉しそうに笑って喜びを表す。



「まだだっ、エルヴィン、トータルではどうだ」

「同点ですね」

「よしシルヴィア、もう一勝負だ」

「またか!!ほんっと粘着質な奴だな、良い加減スミス君に代わってやろうじゃないか」

「いーや、さっきは勝てたんだ、次こそ俺が勝って終いだ。尻の毛までひんむいてやる」

「下品な男だ。その言葉をそっくりそのまま返すぞ」

「.......ほんと仲良いですね......」

「「良く無い!!!!」」


息が合ったナイルとシルヴィアの応えにエルヴィンは苦笑いし、再び二人のゲームの鑑賞を続けた。







「くっっっっっそ、もう一回だ!!!!」

「うるさいぞナイル。スミス君が起きてしまう」


シルヴィアは机に突っ伏して眠っているエルヴィンの体に毛布をかけ直してやりながら応えた。



「はー....良いとこまではいくのに何故いつも最後のゲームで取り逃がすんだ....」

「それは貴様が業突く張りだからだ。小さな勝ちで満足しておけば良い物を」

「黙らんか貴様には完全勝利しないと気が済まないんだ」

「分かった分かった。ほんっと天井知らずにベタついた性格だな」


シルヴィアはひとつ溜め息を吐いて隣のエルヴィンの金髪をそっと梳いた。


「.....綺麗な顔してるな。起きている時は生意気だが寝ている時は中々の美丈夫だ」

微笑みながら彼の頬を軽く抓った。小さな声がエルヴィンの口から漏れる。


その様子を眺めながらナイルは「......シルヴィア」と頬杖をついて名を呼んだ。


彼女もまたそれを受けてナイルを見る。


「お前が.....調査兵団に興味を持ったのは、こいつの影響か」


「.............。」


シルヴィアは零された言葉に、少し驚いた様にした。



「そうかもなあ.....」



それから微かに笑いながら漏らした。


穏やかな彼女の表情を見て....ナイルは胸中に、得体の知れない重たいものが落ちてくるのを感じた。



「だが....正直に言おう。......君の、影響もある」


「.......は?」


シルヴィアは静かな声で言葉を続ける。


「私は君等みたいに志を持っている人を尊敬しているんだ....。凄く、格好良いと思う。」


ナイルの驚きを余所にシルヴィアの表情をあくまで優しかった。何故だがそれを直視できずに目を逸らす。


「......急になんだ.....。お前、俺の事を嫌いなんじゃないのか....」

「ああ、大嫌いだとも」


シルヴィアは当たり前だとばかりに応えた。


「.....そりゃどうも。俺もお前なんて大嫌いだ」

「知っている。それだから私は君の事が好きなんだ。」

「............矛盾してるぞ」

「ふふん。人間とは常に矛盾しているものなのだよ」


シルヴィアはひとつずつ丁寧にチェスの駒を並べ直す。ナイルも無言でそれを手伝った。


「さて、本当にこれで最後の一勝負だ。」

駒が綺麗にそろった所で、シルヴィアは唇にいつもの笑みを描きながら言う。

「望む所だ。」

ナイルもまた楽しそうに応えた。

「ふふん、尻の毛まで引き抜いてやるぞ」

「.....下品な女だ」

「君に言われたく無いな」

「先手はどちらにしようか」

「どちらでも構わん。どうせ私が勝つ」

「中々言うな、後で泣きを見るぞ」

「見せてみなさい」

「見せてやるさ」



ナイルには珍しく....子供の様に邪気無くに笑って、黒のポーンをひとつ前進させた。



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