銀色の水平線 | ナノ
◇ ナイルとチェス 中編

x年前――――



「シルヴィア!!聞いたか!?」

「うむ聞いたぞ。貴様の寝相は今朝もそれはそれはダイナミックな形を「違うわ!!!」

「おいおい至近距離で叫ぶな唾が飛ぶ」



「凄い情報を掴んだんだ」

訓練終了後、食堂にて――シルヴィアの向かいに座っていたナイルが言う。黒のルークを右へみっつ。

「ふむ?」

シルヴィアもまた紅茶を飲みながら相槌を打った。白のポーンをひとつ前へ。

「俺達よりひとつ下の期に、とんでもなく優秀な奴がいるらしい。座学も立体起動もトップクラスで、10年に一人の逸材なんだと」

「ほお、そりゃすごい」

「貴様は何呑気な事を言ってるんだ!!飲んでる場合じゃないだろ!!」

「紅茶くらい飲ませなさい。君は何をそんなにカリカリしているんだ」

「そいつは....なんと調査兵団を志しているそうなんだ...!」

「変人だな」

「この俺が就くべき次世代調査兵団長の座を奪おうとしているに違いない!!」

「君はもっと変人だな」

「第一シルヴィア、お前だって人ごとじゃないんだぞ!?調査兵団に入るんだろ!!??」

「決めつけるない。ちょこっと興味を持っただけだ」

「その割にはやたらと熱心に壁外についての講義を聞く様になったじゃないか。さては俺に影響されたな正直に言え」

「正直に言おう君は凄まじい馬鹿だな」

「お前に言われたく無いこの馬鹿白髪」

「白髪じゃないやい銀髪と言え銀髪!!」

「格好つけんなどっからどうみてもただの白髪だこのババア」

「私と君は同じ年だぞ!!!!」


座っていた二人が立ち上がって取っ組み合いを始めたので、間にあったチェス盤は大いに揺れ、駒の配置は乱れた。



「.........ん?」

そこで....ふ、とシルヴィアがナイルを通り越して窓の外へと視線を向ける。


(おお.......)


薄暗がりの中....遠くに歩いている人物に目を留めた時、シルヴィアの瞳の中に沢山の光の粒が湧き上がった。


「ナイル君、ちょっと失礼する!」

そう言ってシルヴィアは瞬く間に窓から外へと飛び出して行ってしまった。


「なんだあ....?」

突然の事にナイルは呆然としてその後ろ姿を眺める。


.....そして、乱れた盤面をちらと見て、少々自分が有利な戦局に....戻した。







「スミス君か...?」


シルヴィアが後ろから声をかけると、一拍置いて...彼は少し驚いた様な表情で振り返った。


「やっぱりそうだ!久しぶりじゃないか!!」

それが思った通り自分の友人だと分かると、シルヴィアは心から嬉しそうにその掌を両手で握る。


「ええ、ご無沙汰してました。」

エルヴィンもまた笑顔でそれを握り返した。


「君の方からこっちに来るなんて珍しいなあ。何の用事だ?」

喜び醒めやらぬシルヴィアが笑顔でエルヴィンに尋ねる。瞳の中の光の粒は今や溢れんばかりであった。


「いや....用事というか....今日は、少し訓練が早く終ったので.....」

思わずエルヴィンはその眩しさから目を逸らし、少し歯切れ悪く言いながら重なり合っている掌に視線を落とした。何故だか頬がじんわりと熱を持つのを感じながら。


「........ああ、それで散歩してて迷子にでもなったのか」「違います」

「しっかりしている君にしては珍しいなあ」「違いますったら」

「だがここまで迷い込むなんて何ともダイナミック迷子だなあ。凄いぞ」「耳ついてますか」


シルヴィアは実に楽しそうに笑い、「そうかそうか、お疲れだったね」とエルヴィンの頭を撫でようとするが....手を伸ばさなくてはそれが適わない事が分かると、「縮め」と言ってそこを撫でる代わりにはたいた。


「....何するんですか。僕より小さくなったからってひがまないで下さい」

「ひがんでなんかない!!なんだ竹の子みたいに伸びやがって!!」

「それをひがんでるって言うんです。大丈夫です、先輩もあと少し位は伸びますよ」

「頭を撫でるなこのハゲ!!」

「誰がハゲですか」



一悶着あり、エルヴィンに散々撫で回されたシルヴィアの髪はぼさぼさになっていた。

不機嫌そうにそれを直す彼女の姿を、エルヴィンは実に愉快な気持ちで眺める。


「.....まあ、ここで会えたのも何かの縁だ。」

シルヴィアは溜め息を吐いてからこちらを見上げた。


「とにかく上がっていきなさい。紅茶くらい出そう。」

そう言いながら彼女が穏やかに笑うので、エルヴィンも自然と笑って小さく頷いた。







「......なんだ、そいつ」

ナイルが、シルヴィアと並んで入って来た男を訝しげに眺めながら呟く。


「うむ。私の友達だ。迷子になっていたので拾って来た。」「だから違いますってば」

シルヴィアが満面の笑みで答える。とても上機嫌だ。


「白髪のくせに男を連れ込むか。この売女め」

「女を売った覚えは無いぞ私は純度百の処女だ。そして君も私と同類だよなあ〜、誇りたまえ」

「黙れ貧乳」

「うるさい実物見た事あんのかばーかばーか」


「あの....先輩....」

エルヴィンは会話の豪速球に若干引いていた。(そっか...処女なんだ....)


「おおそうだ、彼の名前はナイル・ドーク。渾名はうす馬鹿ゲロ男だ。」「ふざけるな」

気を取り直したらしいシルヴィアがエルヴィンにナイルを紹介する。


「はじめまして。」

二人のやり取りに理由なく笑ってしまいながら、エルヴィンは彼へと手を差し伸べた。


「それでもって彼は笑顔の胡散臭い腹黒のエルヴィン・スミスだ。我々のいっこ下の期にあたる。」

「何故そう悪意のある紹介をするんですか」


ナイルもまた応える様に手を握る。その様をシルヴィアは嬉しそうに眺めた。


「そういえば...ナイル。スミス君も調査兵団志望なんだ。話が合うんじゃなかろうか。」


しかし....シルヴィアがそう言った瞬間、ナイルの表情に亀裂が走る。


「........どうした、ナイル。顔がきもちわる、ああ、いつもの事か....」

「調査兵団.....、エルヴィン・スミス......?おい....お前、もしかして...エルヴィン・スミスか.......?」

「???.....だからそう言ってるじゃないか。君のポンコツぶりも筋金入りだな、一度その薄汚い耳を掃除したらどうだきっとじゃが芋大の耳くそが「お前かあああああ!!!!」


ナイルが叫びながら立ち上がった反動で、折角並び替えられたチェスの駒はまたしても大幅に乱れ、最早ゲームの形を留めなくなっていた。







「スミス君、今日は泊まっていきたまえよ!」

夕食時、シルヴィアが相も変わらない笑顔でエルヴィンへと告げる。

「え....えっと....それよりも、良いんですか.....」

エルヴィンは....シルヴィアの隣で、机に突っ伏しているナイルを眺めながら応えた。


「な〜に、構う事は無い。私は今日の夕飯を賭けてナイル君とチェスの勝負をしていたんだ。戦利品をどうしようと私の勝手だろうが。さ、冷めないうちに食べようじゃないか」

非常に上機嫌で....シルヴィアは元・ナイルの夕飯をエルヴィンへと薦める。


「いえ...でも、時間を忘れて夕食の時間まで話し込んでしまったのは僕の責任ですし....」

「気にするな!どうせ私一人では二人分も食べ切れん。というかこの勝負を持ちかけて来たのはナイルだ。故に負けたあいつが悪い全部悪い」

「そこまで言わなくてもがっ」


シルヴィアの罵詈雑言に対して抗議の声をあげようとしたナイルの口に何かが押し込まれた。


「そして運が良い事に私はダイエット中だ。そのパンは取っておきたまえ」

ふふん、と笑ってシルヴィアは背筋を伸ばしてスープを一口啜る。

それを眺めながらナイルが「成る程その成果がよく胸に現れてるな....」と呟いたので、彼の手元からパンは再び没収された。



「......泊まるって言ったって....何処に泊めるんだ」

這々の体でパンを取り戻したナイルがそれを齧りながら尋ねる。


「ふむ.....」

シルヴィアは机に頬杖をついてエルヴィンをじっと眺める。あまりに真っ直ぐ見つめられたので彼は顔に再び熱が集まるのを感じた。


「私と一緒に寝るか」


にこりと笑いながら彼女が放った一言に、ナイルは咽せエルヴィンはスプーンを取り落とした。


「.....冗談だよ」


自分で言っておいて恥ずかしくなったらしい、シルヴィアの頬に微かに朱が差す。


「若しくはナイル君と寝る」


........非常に微妙な顔をしてナイルとエルヴィンは見つめ合った。


「あとは....そうだな...今夜はここで三人、遊び明かす」


シルヴィアは至極面白そうに人差し指をぴしりと立てながら言う。その言葉にナイルは「はあ?」と漏らした。


「......何だその選択肢」

そして意味が分からない、という様にしながらパンの最後の一欠片を口へと放り込む。

「はあ?は私の台詞だ。折角スミス君が遠路はるばる迷子になってくれたんだぞ?遊ばずに何をすると言うんだ」「だから迷子じゃないってば」

「俺が言ってるのはな...何故、俺がお前とエルヴィン・スミスなんぞと遊ばなきゃならんのだ、という事だ」

「なんだあ?誘ってやらんと拗ねると思ったから数に含めてやったのに....へそ曲がりな奴だ」「拗ねんわ」


「ナイルさん」


元・ナイルの夕食を綺麗に片付けたエルヴィンがナイルの名を呼ぶ。突然の事に若干面くらいながらナイルは「なんだ」と応えた。


「我々の事は気になさらずお休み下さい。僕は先輩と一晩楽しい時を過ごさせて頂きますから」

そう言って爽やかに笑う。


彼の発言を受けてナイルは....少しの間難しい顔をして何かを考え込んだ。


「......い、良いだろう。仕方無いから俺も付き合ってやる....」

そして....不承不承という体で言葉を吐き出す。


「ほら、やっぱり誘いに乗るんじゃないかこの寂しがり屋さん」

シルヴィアは愉快そうにナイルの耳を引っ張った。


「馬鹿っ、そういうんじゃ無い!お前なあ...男女が二人きりで一夜を明かすとか.....おい、不純だろうが!!」

引っ張られた耳をじわりと赤くしながらナイルが言う。


「ふじゅん?っ、違うぞっ...そういう意味は全く....」

つられてシルヴィアの頬にも再び朱が差した。


「第一な、君と私だってしょっちゅう徹チェスしてるじゃないか!!」

「俺は良いんだよ!!お前を女として見た事は一度も無いからなあ!!」

「ぐぬうそれを言うなら私だって君を男、いや人間として見た事は無いぞこの爬虫類顔!密林へ帰れ!!」

「やかましい男だか女だか分からん貧しい体してる奴に言われたく無いわこの両性類のオタマジャクシめ!?」


二人はいつもの如く立ち上がって互いの胸ぐらをつかみ合う。

周囲はまた始まった...という様に呆れながらその光景を眺めていた。


「仲良いですね....」

エルヴィンが呟いたその一言に、ナイルとシルヴィアは揃って「「良く無い!!!!」」と叫び返した。



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