銀色の水平線 | ナノ
◇ ジャンと追いかけっこ 後編

「......お前さあ、プレッツェル焼けるか...?」


眼下の光景をぼんやりと目でなぞりながら....尋ねる。


「勿論。得意中の得意だよ。塩気はどのくらい?」

「薄目かな...。」

「顔に似合わず上品な趣味だな。」

「うるせえ」


互いの視線を交えずに言葉を交わす。シルヴィアは柵に寄りかかりながら相槌を打った。


「......言っておくけどオレの好物じゃ無えからな。」

「では、誰の?」

「誰でも良いだろ.....」

「そういうものかね。」

「........なーんでこんな事、お前なんかに言っちまったのかね.....」

「さあねえ。」



少しの、無言。



相変わらず、ぼんやりとしながら景色を眺めた。


公舎や尖塔から離れた民家の並びでは、住む人が井戸の水を汲んで何かを洗っている。

半農半商ともいうのか....人々の庭には畑らしい耕された柔らかい土が広がっていた。



「.....ほんと、人が沢山住んでいるな。」

誰に言うでなく呟く。


「そうだなあ。ここは内地に近いからな。往来が多い分、活気があるんだね。」

奴の声が遠い。耳に入っていながら、脳には届かなかった。



....ひょっとしたら、この中の一人に.....いてもおかしくはねえよな.....。



「.....いるかもしれないぞ?」



シルヴィアが唐突に....ぽつりと零した。



「え......?」



思わず肩が跳ねる。.....なんで、もしや心を.....?いや、まさか、



「声に出していたぞ、キルシュタイン君。」

奴は疑問への答えを述べながらにやりと笑って、頬を軽く抓ってくる。


「......離せよ」

途端に恥ずかしくなり、彼女の手を乱暴に振り払った。


しかし....シルヴィアは笑みを優しくして、「やっぱり、私は君と仲良くなれそうだ」と言う。


「オレはお前と仲良しになる未来なんか全く想像できねえぞ....」

「そうかな。」

「当たり前だろ。」

「ふふん、未来とは経てして予測不可能なものだよ。」


彼女は体を半転させて背中を欄干に預けながら、得意そうに言う。

何故かムカついて頭を小突いてやった。「こら、先輩に何をする」と軽く嗜められるが、全く怖く無かった。


「ジャン君。」

体を逸らして青空を仰ぎ見ながらシルヴィアがオレの名前を呼ぶ。.....落ちるぞ。


「.....なんだ」


視線を赤茶けた屋根達に向けながら応えた。


「今度、私の部屋へおいで。」


「......は?」


「美味しいのを焼いておくから、一緒に食べよう。」


奴の声が静かな景色の中で響いた。風が杉の梢を揺り動かして、消えるように通りすぎる。


「誰かさんの好物を、ね....。」


シルヴィアがこちらを覗き込みながら言った。....何だかそれを直視できずに目を逸らす。


「.......お前の作るもんは食わねえって言ってるだろ」

やっとの事でそれだけ告げて、溜め息を吐く。


.....だが、どういう訳か....言葉に反して悪くないと思っていた。


「どうしてだ。毒なんていれないぞ。」

「オレがお前の事が嫌いだからだよ、畜生。」

「これがツンデレとやらか。今流行の。」

「デレた覚えはねえ。あと流行ってねえよむしろ古い。」

「誰が流行に疎いババアだ」

「誰も言ってねえよ」



「いや、お前は紛う事なきババアだ。」



毎度の小競り合いを繰り広げていた時、オレ達の後ろから低い声が聞こえた。.....随分と不機嫌な声だ。


「何だあ?お前、いきなっ、」

軽く睨みつけてやろうと振り返るが.....その瞬間、息が止まった。


「ああリヴァイか。遅いぞ。」

しかし固まるオレに反して、シルヴィアは実にフレンドリーにしながらリヴァイ兵長へと近付く。


「おまっ、何やってんだ、知らない筈はねえだろ...!この方は兵士長で....!!」

焦りのあまり敬礼も忘れてしまった。


マズいマズいマズい。早くしねえとこいつの項が削がれちまう。

...いや、こんな奴どうなろうがしったこっちゃないんだが、だがそれでも目の前で人が半殺しにあうのはみたくない、それにほんの少しだけこいつの部屋と料理が気になるから死なれちゃ困、いやオレは何を


「遅いも何もお前が待ち合わせの場所にいねえからだろうが」

だが.....リヴァイ兵長は特に気にした様子は無い。

「すまんなあ。ジャン君と追いかけっこをしていたらいつの間にかここに辿り着いていたんだよ。」

「ジャン.....?ああ、そいつか。」

何故かリヴァイ兵長がオレを見る目が鋭い。....鋭過ぎる。.....オレ、何かしたか?


「その通り。彼はジャン目キルシュタイン属、新種の馬だ」「うるせえ!!今は突っ込む余裕も無いんだよ!!」「突っ込んでるじゃないか!!」


またしても胸ぐらを掴み合う。......リヴァイ兵長の視線が更に鋭くなった。...絶対こいつの無礼の所為だ。


「おいシルヴィア!とりあえず謝れ。兵団が縦社会だってお前も知ってるだろ!?」

「.......それなら問題ないぞ?」

「は?」

「何故なら私はリヴァイより上位の階級だからだ。」

「はあ?」

「おや、さっき名乗った時に気付いてくれたと思ったんだが....」


シルヴィアが意外そうに零した後、ふふんと唇に弧を描いて腰に手を当てた。



「知らないのなら教えてやらねば!調査兵団副団長、シルヴィアさんとはこの私だ!!」



「............はい?」



得意げに言い放った奴の言葉に頭がついて行かない。


だ、だって....見た目はどう見ても20代....え、でもシルヴィア副長はエルヴィン団長よりも年行きの筈....って事は、あ、え?嘘だろ.....?



「ババアじゃねえかあああああ!!!!」

「なんだとおおおおおお!!!????馬に言われたくないわこの馬野郎!!!」

「だから馬じゃねえよ!!!お前のがよっぽど馬に近えよこの大馬鹿野郎!!!」

「馬が人語を操るとは良い度胸だなあ!?」

「お前こそ馬鹿のくせに二本足で立ってるんじゃねえよ!!退化しろ退化!!」

「はあ!?君みたいな口が悪くて格好付けの顔が怖い子は初めてみたぞ?そんなんだから好きな女の子の歯牙にもかからないのだばーかばーか!!」

「畜生何で知ってやがるエスパーか!!??」

「んな訳あるかカマかけただけだよひっかかったなこのどアホが!!」

「そこまで言う事ないだろ!!!」

「ご、ごめん....泣くなよ....。」


シルヴィアが地面に膝をついたオレへと近付き、気遣う様にハンカチを差し出す....が、それは適わなかった。



「いつまで待たせるつもりだ.......」



ヤヴァイ。リヴァイ兵長怒り心頭でいらっしゃる。声の低さと、シルヴィアの腕を握りつぶさんばかりに掴んでいる事から、それは容易に読み取れた。


「行くぞ。」


そのままシルヴィアは引き摺られる様にオレの傍から離される。


「リヴァイ痛いよ....」

とか何とかぼやきながらも、奴はリヴァイ兵長の隣に並んだ。....兵長は、手を離す気配は無い。


......付き合ってんのか?


いや、まさかな.....。あんなふざけた女とリヴァイ兵長、似合わな過ぎる。



「ジャン君。」



ぼんやりと思考を巡らしていると、シルヴィアが振り返ってオレの名前を呼んだ。


「私の部屋の位置はアルミンにでも聞きなさい。」


そう言ってにこりと笑う。.....先程まであんなに怒っていたのに、分からない奴だ。


(......アルミンの奴.....あいつと、仲良いのか?)


呼び捨てだし....部屋の位置も把握している。


(まあ、どうでも良いんだが....)


シルヴィアへ向かって頷き、了承の意を示すと、嬉しそうに手をひらひらと振って来る。


「待ってるよ」


そう言って笑う奴はやはり子供の様だ。......副団長.....。そんな遠い立場の人間だなんて、とても考えられなかった。


「おい」


思わず言葉が口を吐いて出る。リヴァイ兵長の隣で、既に向こうを向いていた奴が振り返った。


「........オムライスだ。」


俺の言葉を聞いて、シルヴィアは少し驚いた様にした後、優しく目を細める。


「それは....誰の好物かな?」

「......知るかよ。もう行け。」

「はいはい。」


奴は穏やかにそれだけ言うと、再び不機嫌を盛り返したリヴァイ兵長に引き摺られて歩き出す。

最後にもう一度こちらを向いて手を振る奴につられて振り替えすと、また....この上なく、幸せそうに笑ってくれた。



(..........。)



というか....奴が、副団長って事は.....



「流石に敬語使わねえとヤバいかな.....」



すげえ嫌だ。



だが....そんなオレの思惑と裏腹に空は澄み渡り、多くの人々が行き交う街に光を柔らかく投げ掛けていた。


気付かないうちに....随分と暖かくなったもんだ....。



ろびん様のリクエストより
年齢のことで主人公が切れるで書かせて頂きました。



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