銀色の水平線 | ナノ
◇ リヴァイと茜桜 締編

さあ、と風が白いカーテンを揺らした。

桜の花弁が数枚部屋の中へと舞い込んでくる。



そして....かたり、と聞き慣れた音がした。......書類に視線を落としたまま、溜め息を吐く。



「............シルヴィア、偶にはドアから入って来なさい。」


そう告げれば、いつもの笑みが描かれる気配がした。


「それなら窓に鍵をかけておきなさい、スミス君。」


もう一度溜め息を吐けば先程よりも少し大きな音がして、シルヴィアが室内へと入って来たのが分かる。


ようやく彼女の方に視線を寄越すと、藍鼠の外套を小脇に抱え、珍しくタイをしていない姿が目に留まった。


「こんなに朝早くお前が起きているとは意外だな。」

椅子から立ち上がり、その方へと歩みながら言う。


「いや、これから寝る所だ。」

シルヴィアは欠伸をしながら言った。ソファを薦めてやれば小さく首を振る。


「夜更かしは体に良く無いぞ」

「君に言われたく無いな。この仕事魔め」

「........何処かの先輩が仕事を増やしているものでね」

「ほう、それは悪い先輩だ。」



まるで昔に戻ったかの様だった。......彼女を包む空気は柔らかで優しい。


...........やはり黒いタイをつけていないからだろうか。


もう、春だ。何か明るい色のものを買ってやっても良い....。


ここ最近、彼女は且つてない程働いていたから...その、慰労だ。



「.......で、何をして遊んでいたんだ。」

穏やかな声で尋ねる。

「遊んでいた事は確定しているのか」

シルヴィアは心外とばかりに零しながら、窓の外の景色を眺める。


桜の花弁と共に若草を薙いで来る風が、春の香りを送って彼女の頬を掠めていった。


「......リヴァイと、桜を見ていたんだ。」


少しして、静かな調子で呟く。


「......リヴァイと?」


やや驚いて反復する。........後、理解した。


「........そうか、終ったのか.....。」


ゆっくりと微笑みながら、言う。


「違うよ、エルヴィン。」


シルヴィアの傍に花弁がひらりと舞い込んで来た。彼女はそれを掌で受け止める。


「始まるんだ。」


手中の花弁からこちらに視線を寄越し、シルヴィアは綺麗に笑った。



しばし無言で二人は見つめ合う。

何処かで人の話し声が聞こえ始める。一日が、始まろうとしているのだ。



「なあエルヴィン」


自分の名前を読んだシルヴィアの声は、今まで聞いた中で一番優しかったかもしれない。


「.......何かな。」


だから私も出来る限り優しく応えてやる。


「ありがとう。」


......予想外の言葉に少し目を見張る。それから「どうしたんだ急に」と笑みを漏らした。


「言いたくなっただけだよ....。」


シルヴィアも同じ様に笑う。......何年経っても子供の様で....どうしても放っておけない、あの人がそこにいた。


「ありがとう。」


もう一度シルヴィアが告げる。



その響きのこそばゆさに、良い年をした二人で小さく笑い合ってしまった。


もう一度見つめ合い、互いの瞳の中に自身の姿を確認する。



どちらともなく.......、二人はそっと抱き合った。



―――――



室の外の往来が、いよいよ目まぐるしく動いていく。


それに引換えて、ここでは机でも椅子でも、自らをのどかな春風に吹かせていた。



まるで百年も昔からそうしていたように、ひっそりと静まっていた。



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