◇ リヴァイと灰桜 中編
x年前――――
俺がここに来てから初めての壁外調査が終わった。
.....何人もの兵士が死んだ。
特別仲が良かった訳では無いが、悪い奴らでは無かった。
そして、あの二人。掛け替えの無い二人を、俺は失った。
考える事が多過ぎて....折角の非番だと言うのに、掃除すらやる気が起きない。
ただひたすらにベッドに腰掛けてぼんやりと過ごしていた。
......ドアをノックする音が聞こえる。
当然無視した。
非番にまで仕事の話はしたく無いし、個人的にここを尋ねてくる奴はいない。
......いや、一人だけいるが....どっちにしろ無視だ。
しつこいノックの音はやがて止み、再び部屋に静寂が訪れる。
ほっと息を吐いてベッドに横になった。
....本当に、静かだ。天気の良い空をのびのびと飛んでいく鳥の声が聞こえる。
その時。
窓からノックの音が。
最初は小石でもぶつかったか?と思ったが...明らかにノックだ。
......いや、待て待て、ここは五階だぞ?
明らかに人間が外から来れる場所じゃねーだろ....
立体起動装置でも使ったか?いや...それならもっと派手な音をする筈...後公舎にアンカーを打ち込んだら団長の頭突きどころじゃ済まないだろ...
非常に訝しげに思いながら窓の傍まで行き、カーテンを開いた。
『なーんだ、やっぱりいるんじゃないか』
俺は何も言わずにカーテンを閉めた。
『こらあ、見なかったふりをするんじゃない!開けんか!上官命令だぞ!』
ばんばんと窓を叩く音がする。無視だ無視。あれに関わるとろくな事が無い。
「俺は部屋にゴキブリは上げない主義なんだ」
『それひどくない?』
とりあえず....いつまでもそこに張り付かれても迷惑なので、窓を開けてやった。しかし、入ってくる気配はない。
「今日は君を誘いに来たんだ。」
窓を開けてもらえたのが嬉しいのか、彼女はとてもご機嫌だ。
「誘い?」
「その通り。重大任務だぞ」
「....俺は非番だ」
「それは奇遇だなあ。私も自主的に非番だ」
「エルヴィンに言いつけるぞ」
「こらあ!やめなさい!!とりあえず話を聞きなさい。全く、最近の若者はせっかちで困る。」
「うるせえクソババア」
「君だってオッサンに近い年だろうが!!!!」
......奴は基本的に怒らないが、年齢の話には敏感だ。....そこまで老けて見える訳では無いのに関わらず。
もしかしたら、年を重ねる事...生き残る事に、罪悪感を感じているのかも知れない。
女性兵士の数は少ない。....今回の壁外調査で、奴はその中で一番の年長者となってしまった。
「.....で、用事は何だ。」
不機嫌さを強調した声で尋ねた。すると、彼女はすぐに楽しそうな笑顔に戻る。
「うむ。桜を見に行こう。」
「.....エルヴィンは確か執務室だったな」
「こらあ!!!ちょっとほんと止めて下さい奴のお説教はトイレ休憩挟む位長いんだよ!!」
「....とりあえず俺はお前に付き合う程暇じゃない。」
「ほほう、どうせアライグマの様に部屋を磨くかメソメソするしか用事は無い筈だろう?」
「もう許さねえ何が何でもエルヴィンに突き出してやる」
「やってみたまえ!!....と、言いたい所だが私はエルヴィンにとっ捕まる程暇では無い。
40秒で支度して正門前に来なさい!命令に背いたら100億階級降格してやる!!!」
それだけ言うとシルヴィアは、ここまで降りてくる際に使用した縄を伝って上へと戻って行く。恐らく自室に向かったのだろう。
(100億も階級は無えよ....)
開け放していた窓を閉じながら再び溜め息を吐いた。
とりあえず胸に抱く言葉はひとつ。....絶対に行くものか、である。
もう一度溜め息を吐き、ベッドに体を沈めた。
また....窓の外では、鳥の甲高い鳴き声が木霊している。
本当に今日は良い天気だ....
*
何故来てしまったのか。
正門前にて頭を抱えたくなった。
こう...何と言うか、天気が良いな...とぼんやりしていたら...ここにいたのである。
.....断じて、断じて、奴の誘いに乗った訳ではない。
「やあお待たせ!」
急に肩をぽん、と叩かれたので体がびくりと震えた。それが面白かったのかシルヴィアはからからと笑う。
ムカついたので睨みつけてやろうとするが、ふと、その格好に目が止まった。
「.....何だ、じろじろ見て」
シルヴィアが眉根を寄せて尋ねてくる。...何故か、少し頬が染まっていた。
「いや...カカシに布切れ着せたみてえだな、と...」
「カっ....!?」
「....珍しいな。それ。」
「ふ、ふふん。君とのデートだもの。お洒落したくもなるさ!それに私だって女だ、スカート位履く。」
「....そうか。それは初耳だな」
「なんだと!?」「シルヴィア」
二人で押し問答をしていると、低く落ち着いた男性の声が奴を呼ぶ。
俺に掴み掛かっていたシルヴィアがぎちぎちと鈍い音を立てながら...恐る恐ると言った感じで後ろを振り向いた。
「シルヴィア。どこに行くんだ」
爽やかな笑顔のエルヴィンが、シルヴィアの肩に手を置いて自分の方へと向かせる。
白い顔を更に白くしているシルヴィアと、柔和...だからこそ底知れぬ恐ろしさを感じさせる...に微笑むエルヴィンは見つめ合い、重たい沈黙がその場に流れた。
「リ、リヴァイ君と花見に行くんだよ、悪いか!」
しばらくして、シルヴィアがエルヴィンの掌から逃れる様に後退する。そして、俺と腕を組みながら高らかに宣言した。半ば開き直っている様である。
.....これは...説教部屋行きか...?と思っていたが、意外な事にエルヴィンは、成る程...と納得した様だった。
「それも、必要か...」
小さく言うと、今度こそ優しく笑う。
「リヴァイと二人か?」
そして、尋ねた。...正直、何がどうなってるのか俺にはさっぱり分からなかった。
「その通り。デートだ」
シルヴィアは説教を免れた事にとても嬉しそうにしている。
「...それは楽しそうだな。」
「だろう?生憎だが君は誘ってやらんぞ」
「悲しいな。傷付いたよ。」
「ふふん、君とのデートは週末だろう?楽しみにしているぞ。」
「........。夜は冷えるからあまり遅くならない様にしなさい。」
「お母さんみたいな事言うなあ」
「お前がいつまでも子供みたいだからだ。大体シルヴィアは兵士としての自覚が「よしリヴァイ君逃げるぞ」
シルヴィアは俺の腕をしっかりと掴んだまま、物凄い勢いで走り出す。よほど説教が嫌いみたいだ。
後ろからエルヴィンが何か言う声が聞こえるが、奴の耳には全く届いていないだろう。
走る彼女の横顔は、やはり...とても楽しそうだった。
それは、エルヴィンと話していたからなのか?それとも俺と出掛ける事ができるからなのか?
どちらの可能性を思っても、胸が激しく痛んだ。
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