◇ リヴァイと灰桜 前編
――君の存在自体が、私にとっての救いだった。
どんなに苦しい時も、君の事を思えば....ああ、もう少し生きてみようと思える。
君の為に何かする事が喜びで、傍に居る事がこの上なく幸せだった。
部屋に尋ねて行っては無駄話をするのも、私の誘いに嫌々ながらも応じてくれるのも、
天才的に不味い紅茶を淹れたり、作った菓子にひどい文句をつけながらも完食してくれたり、
愚痴を零せば五月蝿いと一蹴して聞く耳を持たず、勝手に部屋を掃除され、大事な蝶の標本を捨てた事を根に持って一週間口を聞いてやらなかった事、
照れ隠しで怒ってみせるのが好きで、あんなに怖い顔をしてるのにいつだって優しくて、ただ優しくて....
....そして、辛く悲しい時は、傍にいてくれた。
本当に、ありがとう。
私も君の為に、全身全霊をかけてしてあげたい事が沢山あった。
....君の気持ちに、応えたかった。
それを夢見る度に、遥か彼方雪の故郷から冷たい声が聞こえてきては、心の中に忍び込む。
.....ごめんなさい。
誰に対する謝罪なのか。
許しを請うべき人はどこにもいない。
........そうだ、何も無いんだ。
どこまでも真っ白で、とても寒くて...........
ああ、またこれだ。
*
......外から、彼の部屋の窓を開く。
それは簡単に..ぎいと音を立てて開いた。
「リヴァイ」
部屋の中へ向かって、囁く様の名前を呼ぶ。
自分でも驚く程落ちついた声だった。
「鍵の閉め忘れなんて不用心だぞ」
そう言いながら窓の桟に腰掛ける。
.....部屋の中は真っ暗だった。
しかし、彼の白いシャツだけは暗闇の中ぼんやりと光る様にして...いやに、目に焼き付いた。
「.....わざとだ」
彼はこちらに背を向け、椅子に腰掛けている。
私は「そうか...」と小さく笑った。
「リヴァイ」
もう一度名前を呼ぶ。
....不思議だ。たった少しの綴りで、本名かどうかすら分からないのに、口にすればいつでも心は満たされる。
「今夜は...君を誘いに来たんだ。」
そう言いながらゆっくりと唇に弧を描く。...私はいつも通りに笑えているだろうか。
「....どこにだ。」
彼は少しだけ首を動かし、横目でこちらを見た。
私は空を見上げた。痩せた三日月が紺黒の空に浮かんでいる。
「桜を、見に行こう」
ゆっくりと、大切に、言葉を紡いだ。
そうすれば、リヴァイは目を伏せて、静かに頷いてみせる。
......その仕草に、胸が痛んだ。
自然と、外套のポケットに仕舞われた時計に触れていた。
.....壊すのは、私ではない。
けれど、振り下ろされる拳の先にこれを置くのは、私だ。
君を幸せにできない事位、分かっている。
....ただ、それでも.....
愛されるまでは、愛していたかったんだ.....。
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