銀色の水平線 | ナノ
◇ リヴァイと夕暮れの空、霙の夜 末編

石段を三段飛ばしで下る。急勾配な為転びそうになるが、間一髪の所で堪えた。


何故だ....?

一ヶ月もの間避けていたのに関わらず、何故急にここに来た!?


いや...そんな事はどうでも良い。

今度こそ逃がすかよ...!逃がしてたまるか...!!



窓から遥か彼方の地平線に陽が沈み込むのが見える。

遠茜の美しさが体中に染み渡って、つくづく侘しく、ひどく切なかった。



俺だけのものになれとか....そんな過ぎた事は思わない。

ただ、応えて欲しい....。望みはたったそれだけだ...!



階段がどこまでも長く続いている様に思える。

....まるで、永遠に、奈落まで届く様な....



シルヴィア、俺はお前が好きなんだ...。

何年も前から、どうしようもなく好きなんだよ....!



前方に、銀色の靄の様に淡く、微かな息づかい、衣擦れの音と、自分もまた同じものを背負っている...翼。


――すべて止み難い痛切を呼び起こす。



大きく踏み出し、逃げる間も与えず、後ろから、腕を掴む。それはゆっくりと....振り返った。


「リヴァイ....」


目を見開いて、こちらを眺める。薄暗い地下で微かに光る瞳が懐かしい。

そして、それを伏せて、少しだけ笑った。


「そうか...エルヴィンの奴め...」

小さな呟きが零される。


「久しぶりだね、リヴァイ」

体をこちらに向けながらシルヴィアが言った。

「今日は...何処に出掛けていたのかな」

.....あくまで、いつもと同じ声色だ。

「クソみてえな懇親会だ」

俺もまた且つてと同じ様に返す。

「そうか...社交は主に私の仕事だったのに、最近は君の方が引っ張りだこになって....「シルヴィア」

しかしその流れを断ち切る様に名前を呼んだ。

瞳と瞳がぶつかる。

......恐らく、互いが互いの考えを全く読み取れずにいる。


「俺が...したいのは、そんな脳天気な会話じゃねえ...」

腕を握る手に力をこめる。....きっと、ひどい痛みが奴に伝わっている筈だ。

だが....俺の痛みはこんなものじゃない。


「そうだね....」


シルヴィアは優しく言う。それから手を伸ばし、俺の頬にそっと触れた。ふわりと心地良い香りがする。


しばらく....薄暗い地下には静寂で満たされていた。


ただ...俺の頬に手を添えて、シルヴィアは辛そうに眉をひそめる。

そんな顔をする位なら、応えてくれよ....


「何故....私なんだ....」


ぽつりと言葉が粛とした場に落とされ、波紋を広げた。


「そんなの...俺が聞きてえよ....」


目頭が鋭い熱を持つ。

....こんなに苦しいのなら、想わなければ良かったと心底自分を呪った。


「.....そうか。ありがとう。」

シルヴィアは淡く笑った後に俺の頬から手を離し、体をそっと抱き締めてきた。

薄暗がりに彼女の微かな香りが洩れて行く。


互いの頬が触れ合う程の距離だった。

シルヴィアの細い髪が首の辺りを霞める。

体を抱く腕が力を持つ。痛い位だ。先程の仕返しとばかりに....


「リヴァイ」

囁く声が耳に届いた。


「私を好きでいてくれて、本当に嬉しい。」


痛切な、溢れ出そうな何かを塞き止めた様な声に、全てを悟る。


.....駄目だ、言うな、


頼むから......、



「でも、ごめんね」



......言うな、



「さよならだ、リヴァイ」



――――急速に体を抱く力が弱まる。


――――俺もまた、腕を掴む掌には力がこもらず、彼女が離れて行くままにしていた。


――――シルヴィアはもう一度笑い、俺の頬にゆっくりと唇を落とし....振り返る事なく歩き去って行く―――。



今まで....不可能と言われていた事を、数多く....成し遂げて来た。


それなのに....自分がこの世で一番に愛した人間に、たった一言応えてもらえればそれだけで良いのに....


何故、こんなにも容易い事が、俺の全ての力を動員させても適わないんだ....



世界から、音は消えていた。



シルヴィアが、エレンの部屋の扉をノックする。

それが開き、薄闇の中に飴色の光が漏れ出でた。

エレンが中から顔を除かせ、ひどく嬉しそうに彼女を迎えた。


シルヴィアもまた微笑みながら彼の頭を撫で、二言三言言葉を交わす。

それから...二人は、揺らぐ飴色の中へと消えて行った。


扉が閉まると....辺りには暗澹とした空気が戻ってくる。

先程と違い....一度光に慣れてしまった所為で、それはより暗く、冷たく、体の中へと浸食して来た。



闇の中....俺は、いつまでも、いつまでも...そこに立ち尽くしていた...。



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