銀色の水平線 | ナノ
◇ リヴァイと夕暮れの空、霙の夜 中編

.....ずっと、雪が降っている。

私の中に、ただ雪が。

頭上には半輪の月が凍てついた一面の白に、寒い光を流している。

何も無い。


白い。........どこまでも、白い。




「シルヴィア、起きなさい。風邪を引く」

穏やかな男性の声がしてシルヴィアはうっすらと瞼を開けた。

「.....ん、」

ひとつ伸びをして肩をぱきりと鳴らし、ぼんやりとした目をエルヴィンへと向ける。そして一言、「何故君がここにいるんだ...」と言った。

「....団長室に不法侵入した上に堂々とソファで寝ている人物が何を言っているんだ...」

横になっていた体を起こしたシルヴィアは、今度は背もたれに寄りかかってぐったりとする。

.......今日は、黒いタイだった。


「....最近珍しく仕事熱心じゃないか」

その隣に腰掛けながらエルヴィンが柔らかく笑いかける。

「珍しくなんかないぞお、私はいつだって仕事熱心だ」

まだ言葉が舌足らずである。疲れているのだろう....、随分と根を詰めている様だ。

「...執務室にずっと引きこもっているな」

「そりゃあ執務室じゃないと仕事はできないだろう...」

「以前は色々な場所に持ち出しては遊びながら書類を仕上げていたじゃないか」

「.....そうだったかな?」

良く覚えてないよ....と、シルヴィアは欠伸をした。

エルヴィンはその姿を横目に見てから、小さく溜め息を吐いて立ち上がる。

そして、机の上の紙挟みから数枚の書類を取り出して戻って来た。


「....仕事熱心ついでにおつかいを頼みたい。」

手の内の書類をシルヴィアに差し出しながら言う。


彼女は訝しげな表情をしながらそれを見つめた。


「リヴァイ宛てのものだ。届けてくれ。」

「.......は。」

「最も、古城に居る誰かに渡してくれる様に言付けるだけでも良い。」

「いや....私で無くても良いのでは...」

「あの連中にはお前が一番の顔聞きだろう。」

「まあ...それはそうだが...」

「......シルヴィア。」

「なんだ.....?」

「.....何故リヴァイを避ける。」


その言葉に、シルヴィアはゆっくりと紙の束からエルヴィンへと視線を移した。

真っ青な瞳と銀灰色の瞳が交わる。

二人はしばらく見つめ合ったまま静止した。


.......シルヴィアはゆっくりと書類に手を伸ばして受け取ろうとする。

エルヴィンもまた彼女の指が紙へと触れるのを待っていた。

しかし...中々その時は訪れない。シルヴィアの掌は、中空に留まったままだった。


「.......シルヴィア。」

エルヴィンが静かな声で名前を呼ぶ。

「リヴァイでは....駄目なのか。」

シルヴィアは目を伏せた。それから...「何の事だ、エルヴィン」と抑揚の無い声で言った。

「そうだな....では、今から言う事は妄言...独り言とでも思っていてくれ。
俺にとって、リヴァイも君も...仕事上は勿論、それ以外でも大切な存在だ。互いに傷付け合う姿を見たくはない...。」


.......部屋を、薄曇りした静寂が支配する。


「......リヴァイは、明日の朝まで帰らない。」


その中に、エルヴィンの声が緩やかに沈んでいった。


シルヴィアは....ようやく、非常に緩慢な動作で...書類を受け取る。


それからゆっくりと立ち上がり、エルヴィンと視線を合わせた。


「そうだな....」

そう言って淡く笑う。

「これ以上、傷付けて良い筈が無い」

書類をぱらぱらと捲っては溜め息を吐いた。

「私にとっても、リヴァイは大切だ。...勿論、君もね。」

こちらに寄越された視線は優しい。

「そろそろ....終わりにしなくては...」

それが細められ....目線は交わっているのに何処か遠くを見ている様な...

「おつかい、心得たよ」

綺麗に微笑んだシルヴィアは入口の方へと迷いの無い足取りで向かった。


......エルヴィンは、彼女の筋の通った背中に向かって何か言葉を掛けようとする。

しかし...それは声に出される事は無かった。どう言って良いのかさっぱり分からないのだ。


やがてシルヴィアはドアノブに手をかけ、こちらを一瞥してから....古城へ向かって、歩き出してしまった。


(...........。)


エルヴィンは、再びソファに身を沈める。

隣には、先程までいた女性の痕跡が深緑の皮に窪みを作っていた。


......そこをしばらくじっと見つめ....、ひどく、やるせない気持ちになる。


彼女が誰とも交わろうとしないのは....それが失われてしまった時の事を考えて、恐怖しているのだと思っていた。

けれど...恐怖だけでは無い。


今、その瞳に感じたのは......途方も無く確かで、堅牢な意思だった。



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