銀色の水平線 | ナノ
◇ エレンの誕生日

「シルヴィアさん。オレ、今日誕生日なんですよ。」

「.......ほう。あ、それ判子押しておいてもらえるかな。」

「了解です!」

「これも頼んでいいかな」

「良いですよ!で、何か下さい!」


.......シルヴィアとエレンはじっと見つめ合った。

笑顔のエレンと連日書類始末の為徹夜を強いられているシルヴィアのどんよりとした視線が重なる。


シルヴィアは無言でエレンの頭をわしわしと撫でると、再び書類を睨みつけた。

一方エレンは満足したのか至極嬉しそうである。


「.......それで、良いんだ。」

二人のやり取りを眺めていたエルドが零す。


「というか何でここで仕事してるんですか。」

グンタが不思議そうに...且つ呆れながら尋ねた。


「......エルヴィンが最近なーんかさ.....昔に戻ったかの様に説教をしばく様になったんだよね....。
私は結構真面目にやっているのになあ、エレン。」

「いいえ!シルヴィアさんは不真面目だと思います!」

「うっさいばーか」


と、いうわけで奴から逃げてるんだよーと、シルヴィアは白い封書を死んだ目でピリと切りながら零した。


「まあ.....新米兵士に仕事を手伝わせている人が真面目とは言えないよなあ....」

その背景でオルオがぼやく。


「げ」


オルオに向かって中身を飲み終えたカップを投げつけながらシルヴィアが渋い顔をした。


「.....また見合いか」


彼女の言葉に、無干渉を貫いていたリヴァイの肩がぴくりと震える。


「はいエレン、誕生日プレゼント」

シルヴィアは最早読む気が無いのか、手紙をエレンの方へぽいと渡した。


「オレ山羊じゃないんで紙は食べません。」

彼の発言はどうも的が外れがちである。


「......お見合いと言えば副長....、そろそろ結婚はなさらないんですか?」

リヴァイとシルヴィアの雰囲気から何かを感じ取っていたペトラが...それに一石を投じようと目論みながら尋ねた。


「さあ....。ご縁があったらね。」

なんともぼんやりとした返答である。


リヴァイの肩が再び震えた。最早エレン以外全員が彼の挙動を不審に思っていた。


「で、でも...結婚はした方がいいと思います....。折角女に生まれたんですから...。」

ペトラが根気強く発言を続ける。


「じゃあペトラ君と結婚しようかなあ」

エレンから返された見舞い申し込みの手紙で鶴を折りながらシルヴィアが応えた。


「......そうやっていつもはぐらして....。」

兵長が可哀想です、の一言を飲み込み、ペトラは盛大に溜め息を吐く。


「.....だが副長も....結婚でもして少しは落ち着いてもらいたいものだな。」

いつまでやもめで居るつもりですか、とグンタもまた溜め息を吐いた。


そしてリヴァイは苛立ちを示す様に机を指でトントンと叩く。


「大丈夫ですよ、皆さん。シルヴィアさんはあと数年したら結婚しますから。」

膠着していた場にエレンの言葉が落とされた。


これにはシルヴィア本人も驚き、二体目の鶴を折っていた手を止め、エレンを見つめる。

エレンもまたシルヴィアを見つめてにこりと笑った。



「オレやっと15になったんです。だから、あと三年待っていて下さいね。」



エレンはシルヴィアの右手をしっかりと両掌で包みながら言った。これにはその場に居た全員が吹き出した。


「なっ.....!!」


シルヴィアの肌があっという間に朱に染まる。反してリヴァイの顔色は不穏な青色へと変化していた。


「わ、私はね....。君とは一回り以上も年が離れて....」

「関係ありませんよ。オレが貴方を好きで、貴方もオレが好き、それだけで充分じゃないですか」

「ちょっと待て確かに私は君の事は好きだがそれとこれとは話が「シルヴィア.....。」



..........遂にリヴァイが沈黙を破って発言した。


ぞっとする程冷たい声に全員が息を詰める。



「話がある.....。ついて来い。」

「いやだよ。」


シルヴィアの即答。凄い勇気である。


「君には前回騙されたからな。もうその手には乗ら「ああ!!??」


しかしその勇気はリヴァイの凄まじい恫喝の前に消沈した。



「.......ついて来い。」

「はい.......。」



大人しく連れ出されるシルヴィア。エルヴィン以外で彼女を丸め込める人間はそういないだろう。



「リヴァイ兵長とシルヴィアさんはほんと仲良しですねえ。」

エレンがシルヴィアの折り残した鶴をつつきながらやや不満そうに零した。


「......いや、仲悪いだろ。」

意外と鈍感なオルオの発言に、ペトラは一人ほくそ笑んだ。







「痛い、痛いよリヴァイ....!!」


シルヴィアは何故か無言のリヴァイに右手を握りつぶされていた。


涙目になってきたシルヴィアにようやく満足したのかリヴァイは手を離す。


「.......消毒だ。」

「こんな荒っぽい消毒聞いた事ないよ!!」


リヴァイの手形がくっきりとついた右手を擦りながらシルヴィアは訴えた。


「それよりお前.....。早速浮気とはやってくれるな。」

「......私はそんなに器用な人間じゃないよ....。」


未だに痛むのか、ぷらぷらと右手を揺らしながら言われたシルヴィアの言葉に....リヴァイは毒気を抜かれた様な表情をした。


「......成る程。不器用、ババア、ハゲの三重苦か。」

「ハゲではないったら。」

「じゃあババアか。」

「君、私の事をいつもそうやって罵倒して.....。本当に浮気するぞ?」

「...........するのか?」

「いや.....しないけど。」

「そうか。引き続き安心して罵倒させてもらおう。」

「やめなさい!」


種々の疲れから溜め息を吐いたシルヴィアに、リヴァイは「今何時だ。」と尋ねた。


「...十二時ちょいだね。」


シルヴィアが銀の時計を確認しながら言う。


「飯、行くか....。」


廊下の窓から差し込む穏やかな日差しを眺めながら誘えば、優しく微笑う気配がした。


「喜んで。」


そう言ってシルヴィアがしっかりと手を繋いでくる。


どういう訳だかあんまりに嬉しそうな彼女の表情につられて...ほんの少しだけ、笑ってしまった。







「ただいま。」


.......リヴァイに連れ出されて少しした後、シルヴィアが帰って来た。


「......副長。大丈夫でしたか?」

ペトラが不安そうに尋ねると、シルヴィアはにこりと笑って「何だかんだでご飯を食べに行く事になったよ」と答える。


「あの険悪な雰囲気から一体何があったんだ....」

感心した様にエルドが言う。


「あれ副長...じゃあ何故こっちに戻って来たんです?」

グンタが不思議そうに尋ねた。


「忘れ物をしたんだ。リヴァイは外で待ってもらっている。」

彼の質問に答えながらシルヴィアは胸ポケットを弄る。


「エレン.....って君不器用だなあ!」

集中するエレンの手中で無惨な姿となった鶴を眺めながらシルヴィアは驚嘆の声を上げた。どうやら続きを折ろうとしていたらしい。


「あ、シルヴィアさん。」

エレンはようやく顔を上げてシルヴィアを見た。彼女の存在に今気付いたようである。


「はい。」

彼の掌に紙きれがひとつ落とされた。


「お誕生日おめでとう。」

シルヴィアはもう一度エレンの頭を撫でる。今度は優しい手付きで。


そして柔らかく笑った後、ドアへと向かい....自然な流れで出て行ってしまった。



「......?何もらったんだ」

オルオの言葉に、惚けていたエレンは手元の紙切れに視線を落とす。


内容を確認しているのか....しばらく眺めた後、シルヴィアと同様に胸ポケットへと収めた。



「内緒です。」



そう言って笑ったエレンの表情は15才という年に相応しく、実に素直で幸せそうなものであった。



今日の訓練終了後、迎えに行きます。お腹を減らしておきなさい。

また、面倒事は嫌いなので内緒にする様に。

追伸―――二名、同行者有り。




晶様のリクエストより
リヴァイVSエレンで書かせて頂きました。



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