銀色の水平線 | ナノ
◇ 冬の花火 後編

「ここだよ!何年もかかって私が見つけたベストスポットだ!」

そう言ってシルヴィアは大きな杉の木を指差す。

「.........?あの、この場所じゃなくて、杉の木が何で絶景スポットなんですか...?」
アルミンが嫌な予感を覚えつつ尋ねた。

シルヴィアはふふん、とひとつ笑うと、かぎ縄を三本取り出してそれぞれに投げる。

......予感が的中した、とアルミンは頭を抱えた。


「調査兵団たるものこれ位お茶の子さいさいだろう。登ってらっしゃい!」

それだけ言うとシルヴィアはするすると幹を滑る蛇の様に上へと登って行った。....流石、公舎の四階の窓に張り付いていただけはある。

エレンとミカサはごく当たり前の様にそれに続いた。なんか二人共楽しそうだ。


「おや、アルミン君。気が進まないのかな?」
はるか彼方上の方からシルヴィアの言葉が降ってくる。

「いや、そういうわけじゃ...」

「無事私の所まで来れたら超凄いご褒美をあげよう!」
がんばんなさーい、という声を残して彼女は更に上へと行ってしまう。

(.....いらねえ)
どうせろくでもないものに違いない。というか絶対そうだ。

「アルミン良かったな!超凄いご褒美だってよ!」
エレンがなんか言ってるが無視した。


.....とりあえず、ここにいても仕方ないので、アルミンも上を目指して登る事にした。

二人よりは時間がかかるかもしれないが....



「はい、ご苦労さん」

....それにしてもこの杉、巨大樹かという位大きい。天辺にほど近い太めの枝の上に...最後は少し助けられながら登る。


「うわ....」

そこからの景色を眺めて、思わず声を漏らした。


「.....空が近い。」


遥か下の地上では、道の両側の草木がまだ雪を被って重そうに枝を垂れ、時々溜め息を吐くように幽かに身動きをしていた。

けれど、それが異国の出来事の様に...暗い夜空の中には、星が百万の蛍のように乱れ狂って舞っている。

心からきれいだなあ、と思った。


「.....花火、見に来たんだから。近い方が良いでしょう?」

シルヴィアがアルミンの感想に嬉しそうに返した。

「打ち上がるのは0時からだから...もう少し時間はあるかもね」

そう言って懐中時計を取り出して確認した後、おもむろに「アルミン。はい、ご褒美だよ」と言ってそれをそのまま差し出して来た。


「え....」


驚いてその方を見る。

銀の鎖にぶら下がった時計は、夜風に揺られてはちかちかと星を映り込ませて光っていた。


「そんな....時計なんて高価なものっ....良いですよ、」

両手を振って恐縮を表した。木登りに対する報賞には見合わな過ぎる。


「良いから良いから」

しかしシルヴィアは笑顔でアルミンの掌にそれを収めた。


「.....というか、それ、一週間前に落として壊れたからもういらない」

アルミンはそれを夜空にぶん投げそうになった。

「あんたああ!!人を体の良いゴミ処理場にしてんじゃねえですよ!?」

「おお、辛うじて残っていた理性が取って付けた様な敬語を」

「というか何ですか!!さっきさも当然の様にこれで時刻確認してましたよね!!??」

「癖だよ癖。で、壊れてたの思い出したから君にこれあげようと「ふざけんな!!」

「アルミン!あんまりシルヴィアさんと仲良くするなよ!オレが一番付き合い長いんだぞ!」

「これが仲良い風に見えるのか!?やっぱり君の目はドングリだったんだな!!」

「.....それは流石にないぞ?」

「だからエレン!普通に返すなよ!!何?これじゃ僕が変な人みたいじゃないか!!」

「はっは、アルミン君。君は変な人だよ。自覚無かったのかい?」

(うぜえ)


......今言い争っても体力を消耗するだけだと気付いたアルミンは壊れた懐中時計をとりあえずポケットに仕舞った。

ああ、もう。この人に関わる事になってから常に体力不足だ。


「三人共」


静かな声が響いた。


ミカサが自分の....ちゃんと動いてる時計を確認しながら空を見上げている。


「.....0時になった。」


その言葉に、騒いでいた三人も夜空を見上げた。



昏紺の闇に、火花が糸の様に尾を引いていく。

それは耳を聾する炸裂の音と一緒に、儚く、一瞬の花を開いて、空の中に消えて行った。

辺りには綿で包んだような音が微かに残響している。


....また、上がる。

それは空中でぱっと烏瓜の花のように開いてふわりと夜空を包みながら星にしっかりと絡み付き、消え失せる。


いくつか纏めて上がれば、熔炉の火口を開いたように明るい....けれど、やはり昏い空に飲み込まれてしまう。



それの繰り返しだった。



「シルヴィア副長」


隣にいた人物に...アルミンは小さく声をかける。

彼女は目だけこちらに向けて応えた。


「....楽しくないんですか」


憂いを帯びた表情を真っ直ぐ捕えながら尋ねる。


「そんな事ないよ...」


彼女は僕の頭を撫でた。そっと。


「では何故、そんなに悲しそうなんですか....」


困った様に笑っている。あ、こういう風に笑うと片眉が上がるのか...


「違うよ」


風にこきおろされた煙の中に混じって火花が飛び散っていた。


それを少しの間見つめてから、彼女はゆっくりと口を開く。


「....綺麗過ぎるものを見ると、ひどく懐かしくて、切なくなる時は無いかな...。」


.............。


......分からなかった。なので、何も応えずに彼女を見つめる。そうすると、静かな視線を返された。


そしてもう一度笑う。



「いつか、分かるよ。」



それきり何も言わずに、僕たちは再び輝く空を見上げた。



一滴一滴が息を呑むほど煌いていた。そして大輪の雫はたちまち消えてしまう。


静かな花火の音が地上全ての声を飲み込んで大地に響いて行く。



やがて、それは途切れ、耳鳴りだけが残る。



それでも尚、四人は昏紺とした空を見上げ続けていた。



何故か寒さは全く気にならなかった。



いつの間にか繋がった掌が、仄かな熱を、いつまでもいつまでも、身体に伝えていたから....。







.......ようやく部屋に帰ったアルミンはどさりとベッドに倒れ込んだ。


疲れた.....。


これは...明日の講義は本当に寝てしまうかもしれない。

いやっ、寝てたまるか。あの人の思い通りにだけはなるもんかっ!


とりあえず今日は直ちに寝よう。....そう思ってコートを脱ぐと、かちゃりと音がなる。


(あ、そうか...)


銀の鎖をポケットから引っ張り出すと、止まった時計がそれにつられて顔を出した。

何となく開いて中を確認する。


あと五分程度で日付を越えようとしている位置で、針は止まっていた。



.......彼女の形容し難い貌がこれに重なる。


そして.....なんとなく、理解した。


シルヴィア副長は、針が止まった時計なのだ。


だから、いつまで経っても少女の様に無垢で無邪気で...無機物の如く変化を受け付けない。



「....でも...それこそ、凄く勿体ないと思います。」



時計の蓋をぱちりと閉じながら呟く。


貴方が言っていたじゃないですか。世界には楽しい事や綺麗な事、素敵な事が沢山あると。


それ等は全て変化して、移り変わり...また新しい幸せを齎してくれる。


そんな中、貴方だけ時を止めて...一人置き去りにされるのは、辛くはないのですか?



彼女の身に何があったのかは分からないが.....もう...十年、下手したら二十年以上...時を止めているのだろう。


自分だけの力では...最早どうにもならないのかもしれない。



僕は、何だかんだ言っても貴方の事が好きだから、誰かが...貴方をそこから連れ出してくれる事を願わずにいられない。


貴方がその人を信じる事ができれば...やがて、壊れた時の針もゆっくりと動き出すのかもしれない。



未来へ....。



レイン様のリクエストより
エレン、ミカサ、アルミンが主人公に振り回されるで書かせて頂けました。

(→)



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