◇ 冬の花火 跋編
「おい」
自室に戻る為....正規の道で戻ると捕まるので....公舎の外壁をまたしてもかぎ縄を使用して登っていたシルヴィアに声がかけられる。
「やあリヴァイ、今晩は。」
その方へ顔を向けるとお馴染みの不機嫌そうな男が窓枠に頬杖をついて顔を出していた。
シルヴィアは慣れた手付きで配管を足場に窓の桟に着地する。
「こんな時間まで起きていたのかい?珍しいね」
頬杖をつくリヴァイのすぐ隣の窓枠に腰掛けながら、彼女は柔らかく笑って尋ねた。
「....外壁にでけえゴキブリがいる気配がして居ても立ってもいられなくなっただけだ...」
「そうかそうか。ところで花火見た?」「スルーかよ」
落とすぞ、と身体をどつく。彼女はただ、楽しそうにするだけだった。
「花火なら...毎年見てる。」
溜め息混じりに答えると、意外そうな顔をされた。
「お前も見てるんだろ、毎年。」
「?そうだよ。良く知っているなあ。」
「......だから見てる。」
そう呟けば、シルヴィアの顔は小さく強張る。
「そう言う事だ.....」
言葉を微かに重ねると、彼女もまた「そうか...」と静かに返した。
二人で空を見上げると、花火が全ての星を燃やし尽くしてしまったかの様な暗闇が広がっている。
「.......お前、時計壊れてるんだろ」
何の前触れも無くそう尋ねると、面食らった様にこちらを見て「あ、ああ...そうだよ。」と言う。
ポケットの中、体温が移って少しの熱を持ったそれを取り出して放る様に渡した。
シルヴィアは落としそうになりながら慌てて受け取る。
「やる」
それだけ言って溜め息を吐いた。
凍てつく様な冷たさが窓から流れ込み続けるのに、身体は熱い。
......駄目だ。
やはり、想いを変える事だけはできなかった。
....どれだけ自分がこれを苦しめているか知った時...から、なるべく、以前と同じ様に接する事にした。
そうすると....向こうも、自分への苦手意識を収めてくれた。
一見、元の、平和な関係に....俺達は戻った。
でも、それでは駄目だ。
俺が欲しいのはこれではない。
何事も無く続いていたあの時間を終わらせる為に伝えたのだ。
どんな結果でも構わない。
.....俺は、止まりたくは無い。
「リヴァイ」
シルヴィアが名前を呼ぶ。
「もらえない」
顔を向けると、彼女が自分の時計をこちらに差し出していた。
「私にはその資格がない」
寂しそうにそれは笑う。
.....俺は呆然とその光景を眺めた。
シルヴィアは....ひどく綺麗だった。色が透けて、このまま夜の闇へ溶けていきそうな程。
諦めそうになった。....やはり無理だったと。
けれど、どうしても....それを受け取る事だけはしたくなかった。
「いらねえよ...」
....無様でも、未練がましくても構わない。
「....返せるなんて思うなよ」
何年もの期間に渡って....
「もう、俺はお前に渡したんだ。」
どれだけ、痛みと苦しみに苛まれて....
「いらねえならとっとと壊せ。」
....やっとここまで来れた。
「それができねえのなら、受け入れろ」
頼むから逃げるなよ
「俺が欲しいのはそのどちらかだけだ。」
頼むから
「俺はお前の事がどうしようもなく好きなんだよ」
遥か下の地面から、空へ向かって青い茎が伸びていた。
すらりと揺らぐ茎の頂に、かつて心持首を傾けていた固い蕾が、ふっくらと真っ白い弁を開いている。それは風にのって骨に応えるほど匂っていた。
そこへ遥の上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。
遠い空を見たら、真っ黒い闇の中、暁の星がたったひとつ瞬いていた。
「ああ、君は本当に馬鹿だ」
シルヴィアはやっと一言、微かな声を漏らした。
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