銀色の水平線 | ナノ
◇ 冬の花火 前編

「.....よし。」

満足いくまで明日の訓練....得意とする講義なので彼は張り切っている....の予習を済ましたアルミンはひとつ伸びをした。

身体は心地よい疲れと充足感で満ちている。....時刻は23時。寝るのにも丁度良い時間だ。

機嫌良く寝支度を始めようと席を立った時、窓ガラスからこんこんという固い音が。


(......風か?)


今日はそんなに強い風は吹いていないのだが....

あまり気に留める事なく歯を磨こうと洗面台に向かうが....またしても固い音が。

流石に不審に思ったアルミンは窓に近付き、カーテンを開いてみた。.....そして、絶句した。


『アールミン、開けてくれ』


そこには月光に照らされ何とも美しい笑顔を浮かべる我等が年齢不詳の副団長のお姿が。

アルミンは迷う事無くカーテンを閉めた。


『こらあ!貴様、上官の命令が聞けないのか!開けなさい!』

「深夜に窓に張り付いてくるクモ男みたいな上官僕は知りません」

『失敬な!せめてクモ女と言わんか』

「怒るポイントそこなんだ」

『隣に住んでる幼馴染が屋根伝いに遊びに来たみたいで嬉しく無いのか?』

「年が倍以上離れた幼馴染はいりません」

『というか寒い。凍死しちゃうから入れてアルミン様』

「大丈夫です、副長ならこれしき事で死にません。僕信じてる。」

『君なんでそんなに冷たいの!私が死んだら末代まで祟ってやる!あ、最も君の代で血族が途絶える可能性が大いにあるかなこの呪いは無効かな?』

「もう絶対入れねえ勝手に死んでろ」

『うわあごめんなさい』

「というか副長だってその可能性大でしょうが。いつまで結婚しないでいるつもりですか」

『ふふん、しないと出来ないじゃ大いに差があるぞ?』

「しね!!!」

『いくらなんでも直球過ぎるだろ!!』





「あー....死ぬかと思った。」

ストーブに手をかざしながらほっとした表情を見せるシルヴィア。

しねばよかったのにと視線で訴えるアルミン。

部屋の中は微妙な空気に包まれているかの様に思えるが肝心のシルヴィアが全く気にした様子が無いのであまりギスギスはしていなかった。呆れた図太さである。


「....というかここ4階ですよ....立体起動装置も無しにどうやって窓に張り付いてたんですか....」

やれやれと言いながらアルミンはベッドに腰掛けた。

...毎度毎度飽きもせず、よくもまあ予測不可能な事をしでかしてくれるものだ....。

「あ、それはもう...これで。」

かぎ爪の付いた縄をこちらに見せてくる。忍者か。

「じゃあ、何でそんな薄着で外に?」

彼女はジャケットすら着ていない。いつもの白シャツにクロスタイだけの姿で...この寒空は相当応えた事だろう。

「いや、ねえ....遂さっきまで執務室に缶詰にあっててさ...逃げて来「グンタさーん!ここ、ここに逃亡犯がいま「こらーっ!!私の努力を水泡に帰すつもりかあ!!」


「.....で、自室の前にも見張りがいるから...偶然灯りが点いていた僕の部屋に来た...と。」

アルミンは心っ底呆れた様に、優雅な仕草で椅子に腰掛けたシルヴィアを見つめた。

「その通り。さっすが頭脳派アルミン君だなあ」「なんかムカつくな」


アルミンの辛辣な物言いにもシルヴィアは楽しそうに笑う。

.....ほんと、いつだってこの人は楽しそうだ。


「でもね、今夜はどうしてもやりたい事があったんだ。心配しなくても明日...夜明けまでには執務室に戻るよ」

気を取り直す様にシルヴィアが言った。アルミンはほんとかなあ?というジト目を向けるが、いつものふざけた物言いでは無い事から真実なのだろう...と納得する。

「....やりたい事ってなんですか?」
興味本位で聞いてみた。

「花火を見に行くんだ。」
凄く良い笑顔で答えられる。

アルミンはうん成る程、と頷いた後、すうと息を吸い込んだ。


「エルドさーん!!!!ここに「こらあああ!!」


アルミンを後ろから羽交い締めにして口を塞ぐシルヴィア。必死だ。


「待て待て待て!これは私だけの問題じゃないんだ」

ぜえぜえ言いながら彼女はやっとの思いで言う。

「分かりましたから...い、良い加減離して下さいよ」

アルミンも何だか一杯一杯だった。....確かに、ミカサが言っていた通りに良い匂いがする...。


「.....エレンと約束してるんだ」


頬をかきながら少し照れた様にシルヴィアは言う。


(あ.....)


.....優しい顔をしていた。弟...友人...子供...恋人...どれともつかないけれど、大切なものに対する顔だ。


「明日の訓練、君等は確か...午前中一杯は講義だね?」

「....え?」


唐突な問いにアルミンは間抜けな声を出してしまう。そして、肯定を示す様に首を縦に振った。


「という事はだ....訓練中寝てても差し支えは無いよな...」

「貴方の世界の常識を現実世界に持ち出さないで下さい」

「今晩転がり込んだのが君の部屋だったのも何かの縁だ!一緒に行こう!」

「話を聞かんか」


はっしと両手を掴まれた。彼女の薄い色の瞳の中にきらきらと部屋の灯りが映り込む。

少女の様に無垢な表情にアルミンは惚けた後、ゆっくりと首を縦に振るしか無かった。


「.....でだ。君が居て、エレンが居て....となるともう一人必要だよなあ...」

アルミンから手を離し、部屋の中をうろうろと歩きながら言う。

「行くか....」

ぼそりとそれだけ言うとシルヴィアは自分が入って来た窓の方へと向かい、「アルミン、すぐ戻るから鍵は開けておいてくれ」とだけ言うと再び寒空の下へと出て行ってしまった。


(あー....)


恐らく...ひとつ上の階の...自分の真上の部屋にいる、屈強な女兵士の元へと向かったのだろうが....


.....ミカサは、内心はどうだか知らないがシルヴィア副長に敵対心を抱いており、非常に反抗的だ。

そう簡単に従ってくれるとは思わないのだが....


....予想通り、天井が...上の階で繰り広げられている壮絶なやり取りを示唆する様に揺れている。


しばらくして....それが収まった。気持ち悪い程にぴたりと。


そして、外壁をガリガリと何かが引っ掻く音。何が起こってるんだ。....恐らく近くまで戻って来ている。


「アルミン!ただいま!!」


シルヴィアが一仕事終えた後の爽やかな笑顔で帰って来た。小脇にぜえぜえと呼吸を乱しているミカサを抱えて。


......強い。やはり副団長は伊達では無い様だ。色々な意味で。



「じゃあ....風邪引かない様に暖かい格好したら古城に行こうか。」

ミカサに彼女の物らしいコートを渡しながら言う。本人のみならず防寒具までさらってきたのか。

「でも副長....貴方が一番風邪ひきそうな格好してますけど....」
少し心配そうにアルミンが言う。

「んー....じゃ、自分の部屋にコートを取りにいってくるよ」
と言いながら再びかぎ縄を取り出すシルヴィア。

「ちょっと待て自室に入れるんなら何で僕の部屋に来た」


ふふん、とだけ言うとシルヴィアは再び窓から飛び出して行く。

....納得の行かないアルミンの服をふと、ミカサが引いた。


「あの...アルミン」

「?どうしたの」

「私は...エレンが来るっていうからここにいるだけだから」

「は....はあ。」

「.....ほんとにそれだけだから」

「う.....うん。」


.....別に、聞いてない。



「お待たせ!」

マフラーにコートを着込んだシルヴィアが帰って来た。

いつもの不適なものでは無く心からわくわくしているらしい、無邪気な笑顔だ。


(.......可愛い)


誰かの胸の内で呟かれた言葉は本人の耳には届かないまま、三人は夜の散歩へと出掛けた。



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