銀色の水平線 | ナノ
◇ ジャンと追いかけっこ 前編

.......街を歩いていると、す、と追い抜かされた。


なんとなく、追い抜き返してやろうと彼女との幅を詰める。


筋の通った背中だ。身長も高い。....ミカサと、同じ位だろうか。ただ頭髪の色は正反対だ。オレの好みでは無い。

ふと....傍に寄ると、優しい匂いがした。


感じ入っていると、いつの間にか抜かしていた。銀色の髪が微かに揺れている。


.......どういうわけだか......少しだけ、気になる。


よし......一瞬だけ振り返ってその顔を拝んでやろう。

まあ、顔を見て残念だったーなんてお約束もあるだろうから、あまり期待はせずに。


振り返ろうとした瞬間.....今度は、オレの方がするりと追い抜かされ、顔面拝見は適わなくなった。


見る機会が損なわれたと思うと余計に気になった。


......もう一回抜かそう。.....今度こそ.....!


何だかヤケになってきて足を速め、彼女の隣に並び....抜かっ、奴が一段とスピードを上げてそれを阻止した。

くそっ....!なんなんだ、純粋にムカついてきた。


最早小走りレベルの速さで奴より一歩前に出る。よっしゃ!!さあ、その汚い顔面をとくと....っ!?



.......いなかった。



何.......?

何だ?さっきのはまぼろしか?


.....呆然としてしまう。どれだけ辺りを見回しても、あの銀色は見当たらない。


街の喧噪がひどく遠く聞こえ、狐につままれた様な気分になった。



少しして....こうしていても仕方が無いと気付いて再び歩を進める。


どうしたというのだろう....。慣れない調査兵団の生活に、神経が参っているのだろうか。


ぼんやりと思考を巡らせながら、石塀に沿って進む。


だが.....しばらく歩を進めた時、オレの進行方向、大分進んだ場所の石塀から路へ、何かがストンと着地した。


そいつはすっと出て斜に向こうの曲り角へ切れて行く。


同じ銀色に、灰青のロングスカート、白いシャツ。そして風を踏固めて通るような確とした足取り.....。



.......!!畜生!あいつ、ショートカットしやがったのか!!



もはや苛立ちは怒りに変化していた。本気の疾走で奴との距離を再び詰めようとする。


曲がり角を急いで折れ、今度こそ、その姿を見失わない様にっ.....!



........曲がった先には、楚々として立ち、こちらを眺めては淡く微笑う女性の姿があった。



「あ.......」



彼女が......先程の奴であると理解するのに少しの時間がかかる。


......外見的特徴は一致するのだが.....、何なんだ、この違和感は。

いや....むしろ、人間であるのかすら疑わしい。

それだけ....無機質な、人形の様に整った....けれど、全くもって暖かみを感じない....そんな.....



「追いかけっこは私の勝ちの様だな!」

「....はい?」



しかしその口からは楽しくて仕様が無いという声が出る。


惚けているオレの傍までやってくると、彼女はいきなり手を掴んでそのまま引き、真っ直ぐに歩を進めた。


「な、何触ってるんだよ、気持ち悪い!というかお前誰だ!!」

「気持ち悪いは私の台詞だ!!全く近頃の若者は礼儀も知らずに人の事をじろじろと」

「見てねえよ!自意識過剰なんじゃねえの!?加えてお前、オレとそこまで年変わらねえだろ!!」


突然、彼女がぴたりと足を止めた。訝しげにその方を見ると、奴の瞳が沢山の光の粒で満たされていた。


「......君、良い子だなあ.....」


感嘆の声がその口から漏れる。


「なっ、良い子って....馬鹿か、お前、」

その表情が....自分より年上であろうに、子供の様に可愛かったので...思わず目を逸らしてしまう。


「いや、君は良い子だ。飴をあげよ「いらねえよ!!」


......人間味が無いとかなんだとか思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。


「ほら、到着だ。」


手を繋いで引っ張られ続け....突き当たりの欄の傍で、奴はその方向を指で示した。


.......覗き込むと、自分たちが生活している街が眼下に広がっていた。


「君はいくら頑張っても私に追い付けっこないよ。地の利は私にある。
まあ...このままじゃ可哀想だから行き止まりまで来てやった訳だ。」

得意げに言う声が隣から聞こえる。


「いや....訳分かんねえよ....。」

そもそも勝負してねえし....。とぼやけば「苦しい言い訳だぞ」と茶化す様にされた。....ムカつく奴だな。



低い胸欄越しに街を俯瞰すれば、左手に高く石をたたみ上げたウォール教の尖塔を前景とし、青空の下遠くに調査兵団の公舎が望まれた。



「......君、調査兵団の兵士だろう。」

少しの間ぼんやりしていると、奴が手すりに頬杖をつきながら尋ねてくる。

「何故......、分かる。」

不審感をむき出しにして応えた。

「......違ったかな。じゃあ調査兵団の馬か「死ね!!」「死んでたまるか!!」

苛立ちのあまり胸ぐらを掴めば掴み返してくる。.....こいつ、この手のやり取りに慣れてやがる。


「そりゃあ分かるさ。私も調査兵団だもの。」

襟元を整えながら奴は息を吐いた。

「.......?オレはお前みたいな奴見た事ねえぞ。」

合同練習、講義....既に半月以上経つ中で一度も見かけないのは同じ兵団に所属しているのならあり得ない事だ。加えて、この容姿...見過ごす筈は無い。

かと言って嘘を言っている訳ではなさそうだし.....


「それは君等とは訓練の予定が大幅に違うからだよ....。」

仕上げとばかりに白藤色のリボンタイを締め直す。

「はあ?」

訓練の予定が違う...?となると幹部クラス....?いや、まずねーだろ。

......ああ、成る程。衛生班、若しくはハンジ分隊長のとこの兵士か....。それなら納得がいく。


「こんな所で偶然会えるなんてびっくりだよ、ジャン・キルシュタイン君。」

にっこり...いや、にやり...か?不思議な笑顔で手を差し出される。

それを無言で見つめていると「私はシルヴィアだよ。不審な人間ではない。」安心したまえ、と更に掌を近付けられた。

何だか抗えずにそれを握り返す。


.....んん?シルヴィア....。シルヴィア.....?確かうちの副団長もそんな名前だった筈....。

いやいや....。シルヴィア副長は調査兵団最年長(らしい)の鉄の女だと聞く...。間違ってもこんな威厳ゼロな奴では無いだろ....。


「ああ....よろしく、シルヴィア。」

「うん、よろしくね」

「というか何でオレの名前を知っていやがる」

「それはもう...馬の亜種が入団したとあっては覚えない訳が「死ね」「死なんよ」


シルヴィアは何故か気分良さそうに深呼吸をして、再び街を見下ろした。

オレもつられて首を伸ばせば、茂る葉の木株、緑の野原、及びその間に点綴する勾配の急な屋根の数々が目に入る。

西風の吹く今の季節の眺めは晴れやかで心地良かった。


「私はね、調査兵団の兵士の名前と顔、そして好物は把握する様にしているんだ。」

「......マメな奴だな。好物なんて知ってどうするんだ。」

「そりゃあ作ってやるんだよ。それで、覚えておくんだ。」

「へえ?」

「....ずっとね。」


こちらに銀の瞳が向けられる。.....優しく微笑んでいた。


「やっぱり、覚えておきたい事だからね。」


少しの間シルヴィアとオレは見つめ合う。

彼女は口角を上げて悪戯っぽく笑うと、「という訳で君の好物も教えなさい」と言った。


「嫌なこった。」

「味は保証するぞ。」

「滅茶苦茶美味くてもお前の手料理だけは食いたくない。」

「なんだと!?」

心外だとばかりに怒りを露にしたシルヴィアだったが、すぐにそれを引っ込めて...どういう訳か、小さく笑い始めた。


「....??どうした」

頭でも打ったか....?


「いやあ、その反応、私の知り合いのゴロツキの最初の頃と全く同じで....」

「ゴロっ....!?」

「面白いなあ。君とは実に仲良くなれそうだ。」

「面白く無えよ!!ゴロツキとオレを一緒にすんなこの馬鹿!!」

「馬は君だろうが!!」

「知った事か!!馬鹿を馬鹿と言って何が悪い!!」

「黙らんか怖い顔!!先輩だぞ、敬え!!」

「馬鹿を敬う謂れは無え、この馬鹿!」

「......本当に104期生は曲者揃いだな....。」


シルヴィアが呆れた様に言った。


「......他の奴らにも会ったのか.....?」

彼女の発言を疑問に感じて尋ねれば「うん。」と肯定が返ってくる。


「随分と優秀な子が沢山....上位10名は二名を除いて、ほぼ全員入団してくれた....。」

シルヴィアは指を折りながら、こんな事は初めてだよ、と零した。


二名を除いて。その言葉に胸がじわりと痛んだ。


「......君等は、苦労したからね。
でも、そこに留まらずにこういう形まで自らを進める事ができたのは、凄いよ....。」
本当に、と彼女が息を吐く様に言う。


オレは奴の言葉を聞きながら....痛みを誤摩化す様に、先程の茂る葉や青い草原、そして所狭しと並ぶ屋根...を眺めようと思って、首をもう一度柵の外へ出した。



......ここに、多くの人間が生活しているんだ。オレが知らない奴が、何百人と....。



その中の何人が、あいつの事を、知っているのだろう。覚えていてくれるのだろう。



皆...徐々に忘れる。....覚えていたいのに、記憶は色褪せてしまう。



そして....オレの中でのあいつの姿も、時間が少しずつ削り取っていくだろう。



嫌だな....。オレは、お前を忘れたく無いよ。



なあ、マルコ....。



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