銀色の水平線 | ナノ
◇ ミカサの誕生日、一日後 結編

「やー、エレン。」

古城地下の重たい扉をノックもそこそこ入ってくるシルヴィア。

エレンは笑顔で「またサボりですか?ほんっとシルヴィアさんはぐうたらですね」と迎える。

「はははこやつめ、今日は正式な非番じゃ」

シルヴィアもまた笑顔でエレンの頭をはたいた。


「本日ここに来たのは他でもない、君に見せたい人がいるんだ。」

含んだ笑みを浮かべながらシルヴィアはエレンを見つめる。

そして自分の後ろに隠れる様にしてくっ付いていたミカサをひっぺがしてエレンの前に登場させた。


非常に恥ずかしそうに俯くミカサの事をじっと見つめるエレン。

その視線がこそばゆいのか彼女は更に俯き、頬は赤く色付いて行く。


......しばらくしてエレンが首を傾げながら「どちら様ですか?」とお約束な事を口にした。

これもまたお約束の様にシルヴィアとアルミンは盛大にずっこけた。


「君の幼馴染で大事な家族だよ!!その目は眼球の変わりにドングリでも詰まってるのか!!」

「流石にそれはありませんよー「普通に返すなこの天然選手権ワールドグランドチャンピオン世界一!!」

「ワールドと世界が被ってますねえ「ぐぬぬぬぬ」

「シルヴィア副長!!冷静になって下さい!!相手は貴方の二分の一も生きていない「っせい!!」

「アルミン!!大丈夫か!はっ、こいつ死んでやがる!!「おいこら医者の息子の肩書きは飾りか!!」


「.....何この状況....」

置き去りにされたミカサは三人を遠い目で眺めながら呟いた。


――――――


「ああ、ミカサだったのか。」

ようやく落ち着いた場で、エレンはミカサに向かって笑顔を向ける。久しぶりの再会に嬉しそうだ。

ミカサもまた嬉しそうにしながらも少々複雑な表情をしている。

「あの....エレン、昨日が何の日だったか、覚えてる....?」

そして恐る恐る一番の不安を尋ねた。


....もし、いつもの邪気の無い笑顔でさっぱり分からん、みたいな事を言われたらどうしよう....。


「あー....。ちょっと、待ってろ」

しかしエレンはやや照れた様に頬を掻くと、部屋の奥に引っ込んで行った。少しすると、茶色い紙の袋を持って帰ってくる。


「本当は昨日渡したかったんだけど中々一緒にそっちまでついて来てくれる人がいなくてさ....
遅れて悪かったな....。誕生日おめでとう、ミカサ。」


多少ばつが悪そうにしながらエレンはそれをミカサに手渡そうと近付いた。

「.....ん?」

その時、ふと彼が面を上げてミカサの顔と服装をまじまじと見つめる。

顔の近さとじっとこちらを向く金色の眼差しに何とも言えない恥ずかしさを感じて思わずミカサは目を伏せた。


「.....お前、今日なんか女の子みたいだなあ」


そして何とも爽やかな笑顔で告げる。.....結構失礼な事を言っている自覚はどうやら無い様だ。


(.....アルミン君、エレンはもしかしてとんだ鈍感クソ野郎なのか?)

(ええ、お察しの通りです。)


だが、エレンのそんな言葉にもとても嬉しそうな表情を見せるミカサ。

頬を染めながらも「.....ありがとう。」と言って控えめに幸せそうな笑みを浮かべた。


その二人を遠くに眺めながら、シルヴィアとアルミンも自然と穏やかな表情となる。


(うん、やはり青春は良いねえ、甘酸っぱい。)

(またおばさん臭い事を...(せめてオブラートに包む努力をしろ)


いつの間にかアルミンとシルヴィアはなんか仲良くなっていた。







「手袋かあ...ま、無難だね。脳内快適空間なエレンのプレゼントだからちょっと不安だったんだけど...」

シルヴィアの部屋に戻り、今度は紅茶では無くハーブティーを飲みながら三人は談笑していた。

「....良かったねえ」
穏やかに笑いながらシルヴィアはミカサに笑いかける。

「はい....。」

ちょっと照れくさいのを誤摩化す様にいつの間にか膝の上に乗って来た黒猫の頭を執拗にマッサージするミカサ。

ミカサの強過ぎる指圧に耐え切れなくなったのか猫はしなやかな動きで逃げる様に地面に着地する。

「....何だか嬉しいなあぐえ」

ミカサの元から脱走した猫が唐突にシルヴィアの膝の上に飛び乗った。
その際に腹に頭突きを食らったらしい。痛そうな声が短くその口から漏れた。

「嬉しい.....?」
ミカサが不思議そうにその言葉を鸚鵡返す。

「うん、嬉しい。」
膝の上から猫を下ろすために抱き上げている。黒い体は想像以上に良く伸びた。下ろされたく無いのかそれはいやにゃーと言う様に抵抗している。

そして地面にぽい、と放り投げられた黒毛の塊は、大変遺憾であると不満そうに一声鳴いた。

「.....君等は可愛いね。」
頬杖をついてこちらに再び視線を向けたシルヴィアは何ともこそばゆそうな笑みを浮かべている。

「え、可愛い....?」

ミカサもアルミンも頭上に疑問符を浮かべながら向かいに座る美しい上官を眺めた。

「.....凄く、可愛いよ。」

目を細めてそれだけ言うとシルヴィアは構って欲しいばかりに再び足下にまとわりついて来た黒猫を抱き上げて膝に乗せてやる。

ようやく安住の地を見つけた猫は幸せそうに丸まった。


「あの...シルヴィア副長....」

ミカサが猫の背中を軽く揉みつつ毛を逆立てて遊んでいたシルヴィアに声をかける。

「ん?今日は非番なんだからシルヴィアでいいよ....。」
彼女は視線を猫にやったまま穏やかに応えた。

「では...シルヴィア、さん「何ならシルヴィアちゃんでも「それは無理があります「私もそんな気がした」


「私、貴方の事...嫌いです。」

「.....ふむ。」

「今日も、全然楽しく無かったし...パイも不味かったです。」

「ほう.....?」

「可愛い服なんて着たくもありませんでした...。こんなの、実は憧れた事なんて一回も無いです...。
化粧にもちょっぴり興味があったなんてありえません。」

「....へえ」

「エレンなんかと会っても嬉しくありませんでした。プレゼントも、全然欲しく無かった...」

「はあ....。」

「.....私、やっぱり貴方の事、嫌いです....!」

「うん....。ありがとう。」


シルヴィアは目を細めてもう一度二人に「可愛いね...」と穏やかに言う。

ミカサは赤く色付いた頬を髪で隠す為に俯くが、それは銀色の可憐なヘアピンが邪魔して適う事は無かった。


主人のマッサージをする手が止まった事に抗議する様に猫がシルヴィアの鳩尾にパンチを繰り出す。

「ごふっ」という苦しそうな声を上げてからシルヴィアはまたしてもそれを地面に放り投げた。







「あの、服は....」

部屋の入口まで二人を見送りに来たシルヴィアにミカサが尋ねる。彼女はまだ先程の格好のままだった。

「あげるよ...。私はそれを着るにはもう年を取り過ぎた「素直ですね良い事です「君ムカつくな」

アルミンの頭を最後の一発とばかりにシルヴィアがはたく。

「化粧はよく石鹸で洗って落としてね。そのまま寝ると大変な事になる。」

ミカサの頬を軽くつつきながらシルヴィアが言う。彼女はその手を振り払うが、嫌なのでは無く照れから来た行動の様だ。

「あと...この、ヘアピンは...」
髪に付いたまま淡い銀色に光るそれにミカサはそっと触れた。

「それもあげる。....元から君のお誕生日に用意してた物だから。
本当は今日焼くつもりだったガトーショコラと一緒にあげたかったんだけどね...」
扉の枠に寄りかかりながらシルヴィアが言う。

「あ....そうだ、今日...副長の貴重な休日をお邪魔してしまって...すみません。」

.....おお、上官の休日を半日近く奪ってしまったのだ。アルミンは今更ながら申し訳なくなった。

「まー....。大丈夫だよ...。ほら、私は毎日がエブリデイだし....「国民の血税を返して下さい」

「それにガトーショコラならまた別の日に作るから気にしないで良いよ」

隙あらば扉の外に出ようとする猫を捕まえて腕の中に拘束しながらシルヴィアは言う。

「.....そうですか?」

「うん。....まあ、申し訳なく思っているなら...次のお休みの日にまたおいで」

腕の中で暴れる猫を部屋の中に投げる様にして戻すと、シルヴィアはにこりと笑って二人に向き直った。

「私のガトーショコラは天下一品だからね。今度の壁外調査前に食べておかないと、死んでも死にきれないぞ?」

得意気にそう言った彼女を見て、アルミンは嬉しそうに、ミカサは無愛想に...けれど微かに頷いてそれに応える。

その様子をシルヴィアはこの上なく嬉しそうに、そして穏やかに微笑みながら眺めた。







「.....良い人だったね、シルヴィアさん。」

自分たちの宿舎に帰る途中、アルミンがミカサに話しかける。

「そんな事ない....。嫌な人...、全然素敵じゃない。美人でも無い。あの猫もちょっと可愛く無い。」

「.......そう。」

「このヘアピンも...全然大事にしない。服もきちんと畳んでしまったりしない。」

「はあ........。」

「アルミン.....。」

「なに?」

「今日....、すごく楽しく無かったね。」

「そうだね....。うん。」



二人が歩くがらんとした広い廊下の窓ガラスには、赤い夕日がキラキラ輝いている。

しかしその光の届かない所はもう薄暗く、一日が終わろうとする事を告げていた。



たけちよ様のリクエストより
104期とのほのぼのストーリーで書かせて頂きました。



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