◇ ミカサの誕生日、一日後 前編
夜も更けた頃、ミカサは自室のベッドに座り込んだまま置き時計を両手に持って見つめていた。
.....あと、10分。
その時まであまり時間が無い事を掌の中の冷たい...とは言っても最早彼女の体温で随分と温まっている....物体が知らせる。
.....あと、5分。
遂にミカサは立ち上がり、落ち着かない気持ちで部屋の入口を何度も行ったり来たりした。
......あと、3分。
時計を何度も見た。
.....あと、1分。
遂には扉を開いて暗い廊下を覗き込んだりもしてみた。
.....あと、30秒。
微かな物音がする....!いや違う、ただの風だ....!
.....あと、10秒。
時計の時を刻む音がやたらと大きく、耳障りに聞こえた。
......あと、1秒。
遂にエレンは来なかった....!!
ミカサはふらふらと部屋の中へと戻り、ぼすりとベッドにその身を投げる。
ほんの数十秒前....暦は2月10日から2月11日へと変わった。
....私の、誕生日が終わってしまった。
別に...祝って欲しかった訳じゃない。高々ひとつ年を重ねただけだ。
....ただ、彼にだけは...一言で良いからおめでとうと言って欲しかった。
やはり調査兵団に拘束されている身では難しいのだろうか。
いや....夜なら割と自由が効くという話だ....。なら、何故。ほんの一言で良かったのに...。
悲哀を形作っていたミカサの表情に、怒りの色が微かに差し込む。
......エレンは最近おかしい。
まず、自分を閉じ込めているリヴァイ班の面々と大変仲がよろしいのがおかしい。
....もっと恨んだり怒ったりしてもいいのに....
次に、あのチビに一目置いている所がおかしい。
あんなに酷い仕打ちを受けたのに、何故?
そして、エレンがおかしくなった最大の原因はあいつだ!!
ミカサは手に持っていた時計を思いっきり壁に叩き付ける...と周りの迷惑になりそうなのでベッドに投げつけた。
.....あれには、然るべく報いを受けさせなくてはならない。
もしエレンがあの幽霊みたいな女に惑わされなければ...久しぶりに会えても口を開けばあいつの事ばかり.....!.....そうしたら私の誕生日を忘れたりはしない筈だ...!!
許さない、絶対許さない、略してゼッユル、すげえ言いにくい、いやこんな事はどうでもいい、
とにかく...!今日はもう眠いので寝ますが...明日、首を洗って待ってなさい...!
調査兵団副団長...シルヴィア!!!
*
「アルミン、ついて来て欲しい所がある。」
久々の休日をのんびりと本を読みながら部屋で過ごしていたアルミンの元にミカサが訪れた。
「.....まあ暇だから良いけど。何処に行くの?」
「幽霊女の所よ」
「.....幽霊?ああ...もしかしてシルヴィア副長の事?何の用があるのさ」
「とりあえず殴る」「ミカサちょっと落ち着こう」
「落ち着いた結果、殴る」「ミカサちょっと冷静に考えてみよう」
「冷静かつ明晰の考えた結果、殴る」「冷静と明晰を辞書でひけ」
「今から一緒にこれから一緒に「殴りに行きません」
アルミンが分厚い本の角...はちょっと可哀想なので表紙でミカサの頭を軽く叩く。
「....一体どうしたの。シルヴィア副長に何かされたの?」
「別になにもされてない....「じゃあ何で殴りにいこうとした!!」
「だってムカつくじゃない....白髪の癖に息しやがって....「白髪は息しちゃいけないの!?こわい!!」
「あとなんか挨拶してきた...死ねば良いのに...「良い人じゃないの!!」
「ていうかもう死んだんじゃない....?「唐突過ぎる!!既にお亡くなりなら殴りに行く必要ないじゃん!!」
「何故ならあの女狐には然るべく天誅が下る筈だから....「高々白髪で息してて挨拶した位で天誅を下される副長の気持ちになって考えた事貴方はありますか!?」
「......なんかエレンがあいつに懐いてるから....それがヤダ「結局はそれだろ!!回りくどい!!」
アルミンが本の角....はちょっと可哀想なので背表紙でミカサの頭を叩いた。
「だって....私、昨日誕生日だったのに....。エレンは来てくれなかった...。」
ミカサがしょんぼりと項垂れる。
それを見てアルミンは少々可哀想に思ったが、(それとシルヴィア副長を殴りに行く事になんの関係が....?)と疑問を更に深めてしまった。
「きっとあの女がエレンの事たぶらかしてわざと私の誕生日に来ない様にしたに違いない...!」
「いや....それはちょっと早合点しすぎじゃない?」
「早合点じゃない...!だってこの前『君もうすぐ誕生日でしょう?何才になるの?』とかあからさまな偵察を....「だから普通に良い人だろ!!」
「それで15才って答えたら『君にとって良い一年になるといいね』とか....「めっちゃ良い人じゃん!!」
「『私も暇だったら簡単なものを用意するよ』とか....「むしろ君結構好かれてるよ!?」
「.....去り際になんか良い匂いした....ムカつく....「そして君も実は副長の事好きだろ!!両思いか!!」
「......用意するって言ってたのに何ももらえてない....「拗ねんな!!!」
アルミンは遂に本の角でミカサの頭を叩いた。
「まあ....確かにエレンがどういう環境に置かれてるのかっていうのは僕も気になるね。
彼女結構話しやすそうな人だったし....エレンの事、教えてくれるかもしれない....尋ねてみようか、部屋。」
アルミンははあ、と息を吐いてミカサに提案した。
「......へ?」
しかし何故かミカサは急に挙動不審になる。
「ん?行くんじゃないの、シルヴィア副長のとこ」
「いや...え、でも、部屋なんて急に....」
「......?部屋に行かないでどうやって会うつもりでいたのさ」
「そ、それは....曲がり角とか....?「ラブコメか」
「そんな、急に尋ねて....迷惑じゃないかな...「さっきまで殴りに行こうとしてた人が何言ってんの」
「ア、アルミン....私、今変じゃない?髪とか....服とか...「とっても可愛いよ僕が保証するってラブコメか」
「アルミン....突っ込みがなんか適当に「疲れてきてんだよ僕も!!!」
アルミンは広辞苑....はちょっと可哀想なので大辞林でミカサの頭を軽く叩くと、そのまま彼女の手を引いて入口に向かう。
そして廊下に出て副長たち上位兵士の部屋がある棟への道へと進んだ。
後ろでミカサがまだ何かぶつぶつ言っていたが、もう付き合ってられねえと耳を塞ぎ、ひたすらずんずんと固い石の廊下を歩き続ける....。
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