銀色の水平線 | ナノ
◇ クリスマス前夜とクリスマス 後編

ミケが隊舎の外へ一服しに出てみると、辺りは一面の銀世界だった。

見事な雪景色に見とれながら少し歩くと、よく見知った後ろ姿を発見する。

(.....いつの間にここに....)

遂先程まで一緒に騒いでいた様な気がしたのだが....

銀髪が真っ直ぐ伸びている後頭部を見ていると、多少酔っている所為か悪戯心がむくりと湧き起こった。

足音を殺して彼女に近付き、後ろから冷えた掌でそっとその両頬を包み込む。

「うおわっ!!」

およそ女性らしからぬ声がその唇から漏れた。

それが可笑しくてクツクツ笑うとシルヴィアは呆れた様にこちらを振り返る。

「......何笑ってるんだミケ」

「いや、副長様が随分と隙だらけだな...と」

「......うるさいな....別にここは壁外じゃないんだから構わないだろう」

「あぁ、分かった分かった。」

「.......何だその言い方は」

「すまない....っく....」

「....笑いながら謝られてもなぁ....。
.....で、君は何故ここに?団長室ではまだ皆で飲んでるんじゃないのか」

「あぁ。楽しそうにやってるよ。俺はこれをやりに」
そう言いながらミケは胸ポケットから紙巻きの入った箱を取り出す。

「......お前はどうしたんだ?」
そしてシルヴィアにも同じ問いを投げ掛けた。

「私も少し一休みしに来ただけだ。この年になると素面で盛り上がるのは結構辛いものがある....」

「そうか.....ん、そろそろイブからクリスマスになるぞ」
ミケが時計を確認しながら言う。

シルヴィアもそれを覗き込み、しばらく二人で時計の針が日付を越える様子を見守っていた。


........3、2、1.....0


「クリスマスおめでとう、ミケ」

「あぁ.....。おめでとう」

「.....何だ。おめでとうと言うわりには随分と楽しくなさそう顔をしているな」

「いや...そこまではしゃぐ事でもないだろう。」

「盛り下がる事を言うんじゃない。クリスマスが特別だった少年時代を思い出しなさい。楽しまなきゃ損だぞ」

「.....昔の記憶過ぎて思い出せん。....どうやら俺はつまらない大人になってしまった様だよ」

「まぁ...確かに我々の年だとそこまで特別という訳じゃなくなるかもなぁ....
またひとつ年を取ってしまう訳だし」

「特にお前はな。今年で何回目のクリスマスだ?」

「......酔っているな、ミケ。口が悪いぞ」

「悪かった。」

ミケは紙巻きをひとつ取り出しながら、またしてもくつりと喉を鳴らした。
その様子を見ていたシルヴィアが「ひとつくれないか」とこちらに笑いかけてくる。

ミケは「吸うのか」と意外そうに白いそれを一本手渡した。

彼女がくわえる紙巻きにマッチで火を着けてやる。
細く煙を燻らせる姿は中々様になる....と思った瞬間、シルヴィアは盛大に咽せた。

「.......何だこれは!!臭いし苦しいし良い事はひとつもないものだな!!」

涙目になりながら彼女は紙巻きに灯った火を、近くの植え込みに積もった雪で消した。
どうやら興味本位で吸ってみただけの様だ。

「まぁ....吸わないですむならそれが一番良い事だと思うぞ」
体に良いものでもないしな、とミケは自分の口にくわえられたそれに慣れた手付きで火を点ける。
濃紺色の空に白い煙を細長く吐き出した。機嫌が良い所為かいつもより美味く感じる。

「.....何で今になって吸ってみようと思ったんだ?」

いつもの涼しげな表情に戻った彼女に尋ねてみた。

シルヴィアはにこりと笑って「何事も経験だと思ったんだよ」と答える。

「......何か学ぶ事はあったか?」

「煙草はまずいものだ。吸ってる奴の気が知れん、と言う事かな」

「......そうか。」

「だがこの年になってもやはり初めてやる事というのはわくわくするなぁ」

「......そういうものか」

「そうだよ。まだまだ経験してない事も読んでない本も話した事が無い人間も沢山いる。
だから死ぬまで一日たりとも暇な日は無いんだよ」

「.....お前は時々少女の様な事を真顔で言うな」

「うん?.....褒め言葉として受け取っておこう」

「褒め言葉だ。安心しろ」

「それはありがとう。」

シルヴィアは嬉しそうに礼を述べると、先程の植え込みから、赤い実をつけた柊を一本を手折ってミケの胸ポケットにそろりと差した。

「クリスマスプレゼントだ。大事にしなさい。」
例の悪戯っぽい笑みだ。ミケは彼女のこの笑い方が結構好きだった。

「.....有り難く受け取らせて頂くよ」

「良かった。君も少し楽しそうになって来たじゃないか」

「.....楽しくないとは言っていない」

「....そうだな。」

ミケは短くなった紙巻きの火を地面に落として消した。

空からは雪がひらひらと降り続く。
シルヴィアの銀色の髪にも白い雪が積もっていたので軽く手で払ってやった。

「来年も.....ここで、こうして....クリスマスを過ごせるだろうか」
ふと心の底に湧き出た考えが口から零れ出てしまう。

「......何もかもが変わってしまうからね....」
シルヴィアはそれだけ言うと静かに笑った。

「あぁ。....その通りだ。だからこそ.....今ある幸せがこんなにも愛おしく感じるんだろうな....」

言葉が白い水蒸気と共に吐き出されて行く。何故か寒さはあまり気にならなかった。

「.....ミケ君、中々素敵な事を言うね」
楽しそうに笑いながらシルヴィアがこちらを見上げている。急に照れ臭くなってきた。

「素敵だ。うん、素晴らしい。私は君のそういう所が好きなんだ。」
何度も頷きながら彼女は言う。ふざけている訳では無く、本気で言っているのがまた始末に負えない。

「......聖夜に愛の告白とは....中々大胆な副長さんだ」

「そうとも。私は正直者なんだ」

「俺も.....お前の事が結構好きだよ。」

「......ありがとう。」

「あぁ......。」


ミケは二本目の紙巻きに火を点けて冬の空気と共に煙を吸い込んだ。

空の遠くに向かって細い煙が登ってゆく。今夜のこれは格別に美味い。

シルヴィアはただ、それを優しく笑いながら見つめた。

先程から雪は降り続き、二人のこの場所に至るまでの足跡もすっかり無くなってしまっていた。



美夜様のリクエストより
穏やかな時間を過ごす幹部達で書かせて頂きました。



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