銀色の水平線 | ナノ
◇ クリスマス前夜とクリスマス 前編

「雪だよ、エルヴィン。」

シルヴィアが団長室のソファにぐったりとその身を預けながら言う。

「知っている。」

そう答えれば彼女は少し眉をしかめながら「何故だ」と尋ねてきた。

「一昨日から降り続いているからだ。外を見てみなさい。大分積もっている筈だ。」

その言葉に従い、よろよろと窓まで歩いていくシルヴィア。随分と疲労困憊の様だ。

「おぉ.....」

彼女の口から感嘆の声が漏れた。周りは見事なまでの雪景色で、街灯のオレンジの光がそれに反射してきらきらとしている。

「凄いなぁ....今年はホワイトクリスマスになりそうだな」

窓を開けようとする彼女にエルヴィンは「寒いからやめてくれ」と書類から目を離さずに零した。

「....確かにホワイトクリスマスだな。クリスマスは明日だし....」

彼の一言にシルヴィアが固まる。

「.....何?私が部下にとっ捕まる前はまだ10日にすらなっていなかったぞ?」

「......お前が缶詰にあっている間に何日経ったと思っている。今日は24日だ。」

「そうか....今年も職場でクリスマスかぁ...」

「我々に取っては毎年恒例だろう。」

「....そうだな。とりあえずイブ、おめでとうエルヴィン。」

「あぁ。おめでとう。」


和やかな空気が流れたその時、団長室の扉が勢い良く開けられた。


「クリスマスおめでとう!エルヴィン!シルヴィア!!」


髪はぼさぼさで目の下にはぶっとい隈ができているハンジが登場した。

例によって何日も眠っていないのだろう。やたら元気なのが何だか怖い。


「クリスマスは明日だよ、ハンジ。」

それとは対照的にぐったりと再びソファに腰掛けたシルヴィアが応える。

「そんなのどうでもいいよ!それよりシルヴィア、ケーキはないのかい?」

「......あるわけないだろう。私が本日イブだと知ったのは遂さっきだぞ」

彼女の言葉にハンジの笑顔は雲散として行った。

「何だよ....。ケーキを作らないシルヴィアなんてただの面倒くさいおばさんじゃないか....」

「.....お前は言ってはならん事を言った」
シルヴィアは表へ出やがれ、という視線をハンジへと投げつける。

どうやら疲労故にいつもの余裕が無いらしい。

しかしハンジはそれを全く意に介さず、ただ溜め息を吐き続けた。

そうこうしているうちに軽いノックの後、再び団長室の扉が開く。

一触即発だった二人とエルヴィンがそちらへ視線を向けると、ナナバが白い箱を持って首を傾げながら立っていた。


「エルヴィン.....。この二人の険悪な雰囲気は何なんだ。」

「.....気にするな。どうせいつものじゃれ合いだ」

「あぁそう.....。さっきケーキをもらったんだけれど、良かったら皆で食べないか?」

そう言った瞬間、ハンジがナナバの体に物凄い勢いで抱きついた。

「うわあ!ナナバ様愛してる!!」

「.....ハンジ。君、風呂に入ってないだろ。離れろ。」
ナナバは嫌そうにそれを引き剥がす。

「ナナバ、もっと言ってやれ」

「焚き付けるなシルヴィア。」
エルヴィンは溜め息を吐いた。何故うちの職場はこうも騒がしいのか....

「思った以上に人が揃っていたから驚いたよ。じゃあ後は....ミケでも呼んで来るか。」
ナナバが室内にいる人間を確認しながら言う。

「それじゃあ私は兵長様でも呼んで来るとするよ。仲間はずれにすると怒りそうだし」
ひとつ欠伸をした後、ハンジもナナバに続いて部屋も出て行った。


「.....しかし、これ....内地の高級店のケーキだぞ....ナナバは相変わらずモテるな....」

紙の箱を指でつつきながらシルヴィアが言う。

「君だってモテるじゃないか」

「あれはモテるとは言わない....どうせ全員私の地位が目当てなんだよ....」

「.....今日は随分荒れているな....あと調査兵団の副団長は目当てにされる程高い地位じゃないと思うぞ」

「......別に荒れてなんかない。ちょっと疲れているだけだ...」

「そうか....」

「だがわくわくもしている。」

「わくわく?」

「だって何だか楽しいじゃないか。皆でイブにケーキを食べるなんて」

「......お前は昔からちょっとした事で幸せになる達人だな」

「ふふん。特技だからな」

「......羨ましいよ」

「これ位誰だってできる」

「そうだな.....その通りだ」

エルヴィンが書類からようやく視線を上げると、窓に寄りかかったシルヴィアが雪を背景にこちらを向いて笑っていた。

それを見つめていると、不思議とエルヴィンの心も彼女が言う様な淡い幸せに浸されていく様な気がするのだった。







「リヴァイ、君....何でそんなに不機嫌なんだ」

ソファに座ろうともせず眉間に皺を寄せるリヴァイにシルヴィアが尋ねる。

「うるせぇクソババア。この忙しいのに強引に執務室から連れ出されて不機嫌にならん奴がいるか」

「嫌だねぇ。カリカリしちゃって。ちょっと息抜きにって思っただけじゃーん」
ハンジは高級店のケーキに大満足の様だ。顔面から笑顔が零れんばかりである。

「何かと思って来てみればこれだ....。俺は今年中に終わらせたい仕事があるんだ」

なおもブツブツと文句を垂れるリヴァイにシルヴィアは溜め息を吐いた。

そしてその腕を強く引っ張ると自分の隣に強引に座らせた。突然の事にリヴァイも驚いた様に仏頂面を一瞬崩す。

「折角ナナバが自分に対する情念が籠った貢ぎ物を差し入れてくれたんだ。食べないと何らかの呪いに合うぞ。」

「変な事言わないでくれよシルヴィア....」
ナナバがぼやく。

「それにそんな顔していると幸せが逃げる。ほら、高級店だけあって味はお墨付きだ。」

シルヴィアは手つかずの彼の皿をひょいと取り上げて、フォークの上に一口分を乗せてリヴァイの方へ差し出す。

「......何の真似だ」

「私が食べさせてあげようと」

「いらねえよ」

「遠慮せずに」

「いらねえよ」

「照れないで」

「いらねえっつってんだろ」

「.....君は頑固だなぁ。それならハンジに食べさせてもらおうか」

「ん?お安い御用だ.....」

ハンジが話し終わる前にリヴァイはシルヴィアが差し出していた銀のフォークの先端を口に含んだ。

その様子をシルヴィアは満足そうに、ハンジはやや不満そうに見つめる。

「......これで満足か」

「うんうん。とても満足だ。ほら、あとは自分でお食べなさい」
シルヴィアは幸せそうに笑いながらリヴァイの頭をぽんぽんと撫でた。

そんな彼女に反してリヴァイからは、こいつはいつか殺すと言いたげな殺気に満ちたオーラが放たれている。

周りの人間はいつもの事だ、と呆れ半分微笑ましさ半分な視線を送っており、それがまたリヴァイを苛つかせた。


「.....ついでだし酒を持って来るか」
ミケが空になった皿をテーブルに起きながら呟いた。

「いいねぇ!イブっぽいよ」
その意見にハンジが賛成する。

「.....シルヴィア。お前は飲むなよ」

「言われなくても分かってるよ、エルヴィン」

「そうか、シルヴィアは酒が飲めなかったっけ」
ナナバが思い出した様に言う。

「違うよ。飲めるんだが.....酒癖が悪くて....何と言うか、面倒な事になる。」

「ぶはっシルヴィアが面倒くさいのはいつもの事じゃん」
人をおちょくる時、ハンジはいつもこの上なく楽しそうな表情になる。

「......お前の面倒臭さも大概だと思うぞ」

「いいぞミケ。もっと言ってやれ」

「リヴァイ、君も少し飲んで行かないか」

「......エルヴィンがそう言うのなら」

「何だ。随分私とエルヴィンじゃ対応の差があるな」

「うるせえよクソババア。理由は自分の胸に聞け」

「さっぱり分からん」


雪が降りしきる窓の外の静けさに反して、いよいよ賑やかに調査兵団のイブの夜は更けて行く。



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