◇ リヴァイと夕焼け 前編
「エルヴィン、違うそれじゃない。右だ。」
「.....さっきも同じ事を言って違ったじゃないか....」
「今度こそは本当だって...。私を信用できないのか」
「......まず実績を築いてもらえないとなんとも」
「うるさいぞ。年下のくせに」
「.....こういう時だけ都合良く先輩ぶる....」
「私も君くらい背が高ければなぁ....。君の手を煩わせるのがとても心苦しいよ」
「.....心にも無い事を」
現在エルヴィンとシルヴィアは地下の資料倉庫でうずたかく積まれた大量の資料から、6年前の調査書を探し出す為に悪戦苦闘している。
本来ならシルヴィアに課せられた仕事なのだが、身長的にあの馬鹿でかい本棚に一人で挑むのは無理だろう、と踏んでいた彼女にばったりと出くわしたのがエルヴィンの運の尽きであった。
見事にここまで引きずられて来て今に至る訳である。
「....にしてもここは暑いな....おまけに空気もこもっている...」
シルヴィアはばさりとジャケットを脱いだ。群青色のクロスタイがよくはえる真っ白なシャツが露になる。
エルヴィンは自分が贈ったものを彼女が好んでよく身につけてくれている事になんとも言えないこそばゆさを覚えていた。
彼女の胸元を見る度に無意識に口角が上がってしまう。
(.....だが、買った時はあまり考えていなかったが....。
いざ身につけてもらうとタイというのは何と言うか....)
…………………………。
「エルヴィン」
考え事をしていてすぐ隣に彼女が立っている事に気付かなかった。少し驚きつつも平静を装って笑顔で対応する。
「あ、あぁシルヴィア....。どうしたんだ。」
.....勘の良い彼女の事だ。何か察せられると困る。
「.......?どうした顔が少し気持ち悪いぞ」
「いや....いつもこんなものだよ...。....うん」
「そうか.....。それもそうだな...。」
「......ひどい」
「それより、だ.....。あそこの緑の背の紙挟みあるだろう...そう、黄色いラインの入った....。
思い出したよ。確かあれだ....。ちょっと高い所にあるけれど、取れるかい?」
「......本当なのか...?」
「そんな目で見るな!本当の本当だ!」
「まぁ、取るだけ取ってみる。少し待っててくれ。」
取り合えず手を伸ばしてみるが、あと少しという所で届かない。
「.......。」
仕様が無いと思い、片足を一番下の本棚の段に掛ける。
......しかし、思ったより足場が悪い。爪先だけで自分の体を支えるのは無理がある様だ。
(......まずい.....)と思った時にはもう遅く、ぐらりとエルヴィンの体はバランスを崩す。
「..........!!」
シルヴィアも言葉にならない悲鳴を上げて、倒れようとしているエルヴィンを支えようと彼の元へ駆け寄った。
.......しかし、あと一歩足りなかった。次の瞬間、資料室にはどすんという鈍い音が響き、エルヴィンは固く埃っぽい床にしたたかに身を打ち付ける.....筈だったが、何故か体に触った感触は柔らかい。
「エルヴィン......君、結構重いな.....」
「............!!?」
自分の顔のすぐ傍から彼女の声。恐る恐る閉じていた目を開けると、シルヴィアの顔が目と鼻の先にある。
これには流石のエルヴィンも慌てた。見事に彼女の体を自分の下敷きにしてしまっていたのだ。
しかもまずい事に組み敷く様な形を取ってしまっている。そして更に更にまずいのは右手にある非常に柔らかな感触だ。
(........も、もしやこれは.......)
「.........てめえら......資料室はイチャつく場所じゃねえ....」
「.....や、やぁリヴァイ......」
そして計った様なタイミングで来るのがこの人だ。
常日頃から凶悪な目付きが更に鋭く細められている。
「でかい物音がしたから何かと思って来てみれば......何やってるんだお前ら.....」
「待てリヴァイ、誤解だ」
「弁明するならまずはその右手をどうにかしろ」
「........シルヴィア.......す、すまん......」
エルヴィンはぱっとその手を彼女の胸部から離す。....心臓の音がうるさい。
「大丈夫だ。無事で何より」
しかしシルヴィアは別に気にした風も無く微笑んだ。
.......この人は本当.....人の気も知らないで......
とりあえず自分の体を起こし、彼女の体を起こすのも手伝ってやった。
その間にも入口付近からリヴァイに突き刺さる様な眼差しを向けられる。
まるで質量があるかの様な視線だ。
「........まぁ俺はお前らが何しようが知ったこっちゃ無ぇ.....ただ公共の場所でやられると目障りだ....」
「.....悪かったよリヴァイ。だがな、エルヴィンは「黙れクソババァ」
最高潮に不機嫌なリヴァイにシルヴィアは肩をすくめた。
「......理由なんざ知らねえよ...。もういい。勝手にしてろ」
荒々しく資料室の扉を閉めて、リヴァイは再び外へ出て行ってしまう。
彼が去った室内では、シルヴィアとエルヴィンが困った様に顔を見合わせていた。
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