銀色の水平線 | ナノ
◇ エレンとリヴァイ班、苦手なあの人 後編

「おい、ぼーっとすんなよ!聞いてんのかエレン!!」

オルオさんの言葉にハッとする。

手元では整備をしていた立体起動装置が見事にばらばらになっていた。



....シルヴィアさんがオレの部屋に訪れなくなってから、一週間半が過ぎようとしていた。

日増しに会いたいという気持ちが膨らむ。


会いたい。


そして、後悔の念も同じ様に募っていく。

いくら自分が傷付いていたからってオレは何て事を......

シルヴィアさんは何も悪く無かった。あたってしまうなんて....本当に最低な事をしてしまった....。


会って.....謝りたい。


「......シルヴィアさんは....また来たりとかしないんですか....?」

ふとそんな事が口から零れてしまう。

「あれ...?怖かったんじゃないの、エレン?」
ペトラさんがおかしそうにそれに応じる。

「あの人は神出鬼没だからな、意外と近くにいるかもしれないぞ」
エルドさんも微笑みを浮かべながら自分の立体起動装置を手際よく整備していた。

「.....というか....噂をすれば影だな。」
窓の外を覗き込んだグンタさんがぽつりと呟く。

オレはその言葉を聞いて窓の傍まで全力でダッシュした。そうしてそこから身を乗り出して外を見る。

後ろからペトラさんの「エレン落ちるわよ!」と言う声が聞こえたが気にしない。


.......居た。


確かに遠くの方に、きらきらと日の光を反射する銀の髪の人物がのんびりと歩いているのが見える。

間違えない。この一週間半、ずっと会いたかったあの人だ.....!!


ばっと部屋の中に戻り、手早く立体起動装置を身につける。


「ちょ、それ俺の」というオルオさんの声は無視する。だってオレの立体起動装置、まだバラバラなんで。


「あとで返しますから!!」

一言そう言い残すと、オレは窓から勢い良くアンカーを発射して、外へと文字通り飛び出して行った。





「若いな....」

エレンが去った室内で、グンタが呟いた。

「何だか昔を思い出すよ。俺も副長の事結構好きだったからなあ」

「エルドが?へえ意外ね」

「まあ、今は今である意味かなり好きだがな」

「まあ俺も嫌いでは無い。....書類の締め切りさえ守ってもらえればな....」

「グンタは苦労してるのねえ....真面目過ぎるとシルヴィア副長の相手は疲れるでしょう....」

「一人くらいああいうのが居ても良いんじゃねえか?
それよりあいつ.....俺の装置にひとつでも傷を付けてみやがれ....ただではおかん」

「エレンと副長の組み合わせはどうなのかしら....。ああいうタイプは副長も初めてかもね....」


ペトラはエレンが消えていった窓の外を眺めながら淡く微笑む。

ヒバリが一羽空を横切り、春の訪れを告げていた。







「シルヴィアさん!」

そう叫んで彼女の方へ飛び込む瞬間、シルヴィアさんが青い顔をしてこちらを見上げた。

そうして勢いを付け過ぎたオレは彼女の体にダイブする事となった。



「......何事.....」

シルヴィアさんが目を回しながらオレの体の下から上半身を起こした。
状況を掴めていないのか目を白黒させている。


(......本物だ....!)


嬉しくて嬉しくて、その体を思わずぎゅっと抱き締める。オレの腕の中で彼女がびくりと震えた。


「ええと、エレン....とりあえずどうしたの....」

その声に我に返り、ばっと体を離す。.....そうだ!謝らないと....!

「シルヴィアさん....あのっ、その....本当にごめんなさい!!!」

勢い良く頭を下げた瞬間、それがシルヴィアさんの額に見事にクリーンヒットした。

「おおぉおぉぉお......」

彼女は何とも言えない声を上げて頭を抱えながら再び体を地面に伏せる。

「わ、ご....ごめんなさい...!!!オレ、あの、その、」

「うぅ....エレン....君....なんて石頭なんだ....」

「ご、ごめんなさい....!!本当に...っ!!」

「もういいもういい!!頼むからこれ以上頭を下げないでくれ!また頭突きを食らったら適わん!」
あと体の上からもどいてくれると嬉しい、と言われて初めて自分がシルヴィアさんを下敷きにしていた事に気付いた。

申し訳ない気持ちで一杯になりながらその体から身を離す。


「で、どうしたの。」
まさか空から男の子が降ってくるとはねえ、とシルヴィアさんは地面から体を起こしながら尋ねた。

「えっと...最近ずっと来なかったら....この前オレが失礼な事言ったからかと....それで謝りたくて...」
彼女の隣に腰掛けながら答える。

「あんなの....気にする必要は全く無いよ。来なかったのは書類仕事をサボり過ぎた所為で缶詰にあったからだ」

「......今日は....どうしてここに.....?」

「また差し入れだよ。今日はキッシュを焼いたんだ。エレンは甘いものが苦手みたいだからね」

「......苦手じゃないです」

「そう.....?」

「シルヴィアさんが作った物なら甘い物も辛い物もまずい物でも何でも食べます.....!」

「まずい物は作らない様に努力するけど....」

「この前の事、オレ....ずっと謝りたかったんです....」

「気にしていない。大丈夫だよ.....。でも....ありがとう。」

シルヴィアさんは嬉しそうに目を細める。

今では、彼女のそんな微笑みが大好きだと心から思えた。


「.....ねえエレン。私は確かにリヴァイの様に強くないし....エルヴィンの様に全の為に個を切り捨てる決断力も無い。何故自分がこんな地位にいるのかよく分からない事もある....。」

「すみません....オレ、この前は本当に失礼な事を....」

「いいよ。本当の事だから....。」

シルヴィアさんは少し遠くを見つめながら呟いた。

「でも....どんなに実力が伴っていないと言われても私は副団長なんだ。
いいかい.....?確かに君は巨人化できる兵士で、人類の希望を託された存在かもしれない....。
でもここは調査兵団で私は副団長、君は新兵。私は君より偉いんだ。」

彼女がゆっくりとこちらを向く。


瞳孔ばかりに目がいっていて気付かなかった....。

.....彼女の光彩の淡い色は綺麗だったんだ....


「だからもっと頼りなさい」


そう言って口元に弧を描くシルヴィアさんは....日の光が良く似合う、とても素敵な女性だった。


.....なんとなく、彼女がこの地位にいる理由が分かった気がする。

それは年功序列的なものもあるかもしれないが.....

彼女は決して強く無い人間なのだ。....むしろ弱い。

だからこそ、多くの人間の辛さや苦しさが分かる。....そして、ひどく優しい。

そんなシルヴィアさんの言葉だからこそひとりひとりの兵士に信頼され...皆、命を預けられる....。

彼女は決してそれを反故にはしないから.....



「....オレ、シルヴィアさんの事が好きです」

真っ直ぐにその目を見つめ返し、笑いながら言う。偽りの無い本心だった。

あれほど心に渦巻いていた彼女に対する不信感は....霞のごとく消えていた。


「そ、そうか....」

しかしシルヴィアさんはふいと顔を背けてしまう。その反応に少し気を落とすが 、よくよく彼女を観察すると....

「.....耳、赤いですよ」

「赤くない....」

「いや、赤いですって。もしかして照れて「照れてない....!」

(..........。)

そっとその顔を両手で包んで、強い力でこちらを向かせる。

「ほら、やっぱり。顔真っ赤じゃないですか」

「真っ赤じゃない!何だ急に調子に乗り出して....!」

「可愛いですね」

「.......なっ」

「シルヴィアさん、すげぇ可愛い。」

「.......は?」

だって、彼女は常に余裕で大人な女性で....まさか褒め言葉に弱いだなんて思わなかった。

いつもの微笑も素敵だけど、オレはこっちの方が可愛くて好きだな。


「シルヴィアさん、好きですよ」

「もうそれは聞いたよ」

「また赤くなった。ほら頭皮まで赤い。」

「.....赤くないったら!くどいぞ」

「怒らないで下さいよ。こんなに好きなのに」

「......もう分かったから」

「好きだから何回でも言いますよ」

「.....このっ...いい加減にしなさいっ....」


遂々彼女の反応が可愛くていじめてしまう。

その度にシルヴィアさんの顔は面白い様に赤くなってくれるものだから何だか嬉しい。

......こんなに綺麗なのにもしや恋愛経験は少ないのだろうか。



「おい....お前ら何イチャついてる」


しかし、地獄の底から鳴り響く様な声で楽しいひと時は終わりを迎える。

声がした方向を振り返ると我等が兵長がこの上なく不機嫌そうにオレ達を見下ろしていた。


「へ、兵長.....」

「手」

「....手?」

「何気安く触ってんだ、てめぇ」

「あ、すいません」

そう言ってシルヴィアさんからパッと手を離す。

「......何してた」

「えっと....オレはシルヴィアさんの姿を窓から発見して....それで「副長」

「......へ?」

「シルヴィアふくちょう。副長を付けろよ、このクソガキ。」

「別に私はどちらでも「お前は黙ってろ」

「......はぁ」

「シルヴィア、城の方に用事があるんだろう。油売ってないでさっさと来い」

「はいはい。」

シルヴィアさんがリヴァイ兵長に手を引かれて立ち上がる。

まだうっすらと赤いその耳を見て、オレは再び笑みを零した。

「おいエレン」

「....はい」

「お前はここいらの草でもむしってろ。良いと言うまで帰って来るな」

「......へ?」

「行くぞ、シルヴィア」

「それじゃあエレン、またあとで」

「はい、シルヴィアさんも」

「副長を付けろこのゲジマユ」

「す、すみませんシルヴィア副長....。あ、そうだ....今日は部屋に来てくれますか?」

「うん。缶詰も終わったからね。また夜に行くよ」

「.....待て。その話、オレにも分かる様に説明しろ....」

「エルヴィンから任された仕事があってね。それでエレンの部屋に行っているんだ。」

「........は?」

「.....何、大した事じゃない。二人で話をするだけだ。」

「.........はぁ?」

「楽しみにしてます。それじゃあ夜に」

「うん。私も楽しみだ」

「待て待て待て待て。言ってやりたい事が多過ぎて収拾がつかねえ....。
.....とりあえずシルヴィアよ.....後でその話はじっくりゆっくり聞かせてもらおう.....。」

「あの....兵長.....草むしりって一体いつまで....」

「明日の朝までだ、このどあほう。」

「えっ」

「良い加減行くぞシルヴィア。」



遠ざかる二人の後ろ姿を見つめながら、オレはなんとなくシルヴィアさんが恋愛経験が少なさそうな理由が分かった。

......あれだけ恐ろしい保護者が目を光らせてればなあ.....

でもオレはシルヴィアさんが好きだし....もっと話したい。

別に悪い事じゃないよな?これって......


とりあえず夜までに帰れる様に、オレは草むしりに精を出すのだった.....。



チハル様のリクエストより。
リヴァイ班に世話を焼くで書かせて頂きました。



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